星の火









これの続きです。)


 ひとの近付く気配に気が付いたのは多分床に座ったままの自分より、ソファに座ったロックオンの方が先だっただろう。
 情けないことにそれに気が付いたのは、ロックオンの雰囲気が少しだけ揺らいだからで、それでようやく周囲に目をやって、部屋に入ってきた刹那を見出した。そのくらいには刹那の動きは静かにとぎすまされたものであり、そうしてそれにロックオンは気が付き、しかしそれをあっさりと受け容れてしまっていた。ただほんの少し呼吸をするペースを乱しただけで、それ以外は何もせずに。
 その許容はきっと自分にも向けられたものだったのだろう。そうは思いながらもその距離感に少しだけちりちりとした痛みを覚えながら、アレルヤは彼の名前を呼ぶ。
「君も眠れないのかい、刹那」
「眠った」
 鋭く応える声には確かに疲労の色は薄い。少しだけ明るくなってきた空の、まだ冷たい色をした空のひかりに照らされて、普段は色素の濃い彼の膚が少しだけ白けて見えた。
「それならよかった──でもミーティングはまだだよ」
「ならば何故お前達は此処に居る?」
「──なんでだろう」
 そう思わず言ってしまって、アレルヤはロックオンを見上げて首を傾げた。ロックオンはアレルヤと眼を合わせると軽く肩を竦めてみせて、そうしてから刹那を見てロックオンは笑ってみせた。
「少し早く起きちまったのさ。お前は気にしないで寝てるか──じゃあなかったら此処に来るか?」
 その言葉に少しだけ眉を顰めた刹那は、ロックオンを睨み付けるようにして暫く黙ったまま其処に留まっていたが、ふい、と滑らかに視線を外すとあっさりと踵を返してアレルヤたちに背を向ける。
 そうして何の言葉も残さずに部屋を出て行ってしまった。スライドドアの閉じる音がシュッと響いて、部屋には先程と変わらない、男二人が残される。
「──振られたな」
「その割には嬉しそうじゃないですか」
「寝れる時に寝るのがいいだろ」
 そう言うロックオンの口調にはやはり残念がるような気配はなく、むしろ面白がっているような様子であるのにアレルヤは少しだけほっとした。彼の調子が戻っているのは良いことだと思う。
 多分、ロックオンはアレルヤが知っているよりももっと、鋭くて冷たくて固いいきものなのだが、アレルヤと触れていると少しだけまるくなる。刹那と接すると少しだけ温かくなって、ティエリアと居るときには少しだけ柔らかくなる。それがロックオンにとってよいことであるのか、そうではないのかはよくわからなかったが、いつもよりも少しだけまるくて少しだけ温かくて少しだけ柔らかなロックオンの方が、アレルヤは好きだった。
 今はいつもよりも少しだけ鋭くて冷たくて固いから、そのくらいのほうがちょうど良い。
「貴方は?」
「俺?──まだ寝れねぇかなあ。おまえは?」
「僕ももう少し……あれ」
「あ」
 思わず二人してそう呟いたのは、不意に目の前にまるくて温かくて柔らかなものが降ってきたからで、つまり投げるというには少しだけ穏やかな速度でとんできた毛布の塊を、それぞれに顔面で受け止めてしまう羽目になったからだった。
 それは少しだけ含んでいた熱を、空中を移動するだけの時間で喪ってしまっていたが、それでも充分にひとが触れていた気配が残っていた。つまり、毛布を持ってきた、二人分の。
「刹那、」
「ティエリア?」
「おはようございます」
 酷くいつもどおりの、静かな口調でそう言ったティエリアは、アレルヤの横にとんと座りこむと腰の下に自分で抱えてきた毛布を敷き込んで身体に巻き付け、そのままことりと転がってしまった。そうして何も言わずにそのまま身動きを止める。
「え」
「ちょっと、ティエリア」
 呆気にとられたアレルヤとロックオンが声をかけても、返事は無い。
 無様な二人を見下ろして構う言葉を吐かなかった刹那は、ティエリアを跨ぐようにしてソファの上に立つと、ティエリアに倣うように毛布を被ってそこにしゃがみこむ。そうして自分を見据える長身のふたりを、心底から呆れたように見比べてから、その赤錆の色をした眸を閉じた。
 ほどなく聞こえてくる寝息。
「──って、本気で寝るのかよ」
「……まさか寝惚けてるんじゃないだろうね?」
 アレルヤとロックオンは小さく呟いて眼を見合わせる。
「──」
「──ふ、」
 そうして、小さく、噴き出した。
「寝れるか、アレルヤ?」
「むしろ寝そうだよ。あなたは?」
「俺も──すっげ眠い」
 空はまだ夜の色を残していて、その裡に銃声と剣戟の音はしまいこまれたままのように思えた。
 それでもアレルヤは小さく笑い声を上げる男が、優しい手つきで黒髪を撫で、細く薄い肩の出たところに手を伸ばして毛布をかけてやるのを見て、それでも構わないような気がした。
 だって、おやすみ、と言った声に、3つの声が返事をした。







書きたかった話ではあるんだけどなんだかなあという出来具合。