ヘルタースケルター
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狙う。
この距離は外さない、という距離──それよりも更に、踏み込んでくるのを待つ。感覚としては、三歩くらい。飛行してくるMSだから、三機体分、というところだろうか。
それだけを、待って、狙う。
指先が気負っている感覚がある。
ロックオンは少しだけ、苦く笑って一度手を離した。手袋越しに触れる感覚が不鮮明になってしまっていたのを、軽く手を振ってごまかす。
そうしてもう一度、スコープを覗く。
空に見える光点は7──レーダーには合計で9機。
距離を詰められるまでに狙い撃てるのは2、かせいぜい3機だろう。
ロックオンは息を吸って、もう一度指を引き金にかける。
ダイレクトに触れる感覚がある。
よし、と思う。
自分がデュナメスと、この機体の持つ何もかもと繋がっているように感じる。
この手はデュナメスの手であり、この目はカメラの映すように視る。
ライフルの先端──その銃口の先すらも、ロックオンの伸びて張り詰めた神経の制御するもののように感じる。
多かれ少なかれ、これは自分たちマイスターが、或いは眼前のフラッグも、それ以外のありとあらゆるものも含めて、共有し得る感覚であるのだと思う。
そう言えばリヒテンダールも同じように言って頷いた。トレミーのあの巨躯であってもそうなのだと。そうでなければ、こんな無機のものを、己の思うがままに扱うことができるわけがない。
だからこそ、アレルヤの絶望をロックオンは理解する。
だから、失えないと思う。
息を吐いて、吸って、止める。空を射抜く眸の色は緑。
指に力が篭もる。
緊張。
銃声。
光が、青いフラッグの羽根を真っ直ぐに射抜く。
爆発する機体。射出されるパイロットの姿など追わず、ロックオンでありデュナメスである(或いは同時にハロである)者は次の標的を探す。
コックピットを狙わない、ということには大した意味は無い。ただこれは紛争の根絶の為の戦いではなかった。いわば、これは私闘である。自分と、アレルヤが原因となった──そうロックオンは理解している。
それで自分たちの正当性を主張するつもりはなかった。だが、ソレスタル・ビーイングを名乗る者として、それだけは守りたいと思ったのだ。この一線だけは。
狙う。撃つ。
その連動は殆ど無機的であり感情の乗ったものではない。ただひたすら淡々と撃つ。外さない。外れるわけがない。
「偉そうにそんな高いとこを飛んでんじゃねェよ、なァ!」
それは、ロックオン・ストラトスという名の宣言でもある。
三機を墜とし、デュナメスは立ち上がると地を蹴ってその場を離れる。
密集した樹木が割れて、はっきりと上空からは道が見えるだろうが、構わない。移動しながらもう一発を撃つ。不用意に接近したフラッグが、バランスを崩して墜ちる。
フラッグは極端な軽量化で高機動を実現した機体であるが、その分装甲は薄く一撃に弱い。
当てるのは容易くないが、当たれば墜ちるのだ。
そういう意味では、あれと当たって最も相性が良いのは自分とデュナメスだろう。
『ただの』フラッグであれば、だが。
岸壁を背に、ロックオンはスコープを覗く。
漸く射程距離に入った一機。まるで、今まで相手にしなかったことを責めるような、声高とでも表現したくなる程の存在感でこちらへ向かってくる漆黒。
この距離からならば外さない──外すわけがない、その距離で引き金を引く。
先程狙わなかった、いわば保険のための三歩。それを食い破って、光が走る。
それを──漆黒は易々と避ける。
「──ちっくしょ」
ロックオンは思わず毒吐いて、更に二射を撃つ。一撃は蒼穹の彼方へと吸いこまれ、もう一撃は漆黒の横で此方の出方を窺う素振りを見せていたノーマルのフラッグを撃ち抜いた。爆発する煙を裂いて、フラッグは迫る。
「ちくしょう!」
ロックオンは更に後退して、迫る漆黒に叫んだ。
「だからお前は嫌いなんだ!」
遠く戦闘の続く音はアレルヤの耳にも届く。
聞き慣れたロックオンの──デュナメスの発砲音と、時折空を裂く光の残滓は、アレルヤをそのたびに不安にさせた。戦闘は、続いている。
小競り合いで済むものではない。ロックオンが本気になっている。
そう、ならざるをえないということだ。
ロックオンは不必要なまでに他人に気を回す男だ。気を回したのだと、アレルヤに気付かせることは無い程に。痕になって、そうかあれはロックオンの優しさであったのかと、気付いて後悔することなど一度や二度の話ではない。そのたびにアレルヤは彼に何かしらを返そうと思うのに、そうできたことは一度も無かった。
なのに──ロックオンはハロを連れて行った。
たとえばもう少し余裕があれば、アレルヤの傍にハロを置いていっただろう。実際そんな場面もあった。それはある程度ロックオンには負担であったのだろうが、それでもロックオンはそうした。そして今回はそうしなかった。
「──ハレルヤ」
アレルヤは小さくその名を呼ぶ。
絶え間なくコンソールを叩いていた手が、一瞬だけ止まって、しかし何も応えずその手は再び作業に戻った。
自分の記憶、彼の記憶、自分たちの判断──それを繋ぎあわせて、キュリオスに呼びかける。右手と左手。視線は機体の状況と、レーダーに捉えた機体の動きとを絶え間なく見比べ続けている。
「ハレルヤ」
アレルヤはもう一度かれの──自分の名を呼ぶ。うるせェ、と返る応えは単調だ。
「ハレルヤ」
もう一度呼ぶ。
──なまけてんじゃねェ。
言う声は低く、鈍い。
──諦めんな。まだやれるだろうが。
「うん、でもハレルヤ、僕は」
アレルヤは言葉を切った。焦りを含んで動いていた手が、止まる。
アレルヤは、ハレルヤは、空を見た。何も無い、青。
「戦いの音が、」
──止まったな。
そう、ハレルヤは続けた。
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多分コックピットの中のひとはものすげえことを喋ってます(回線レスで)。