ヘルタースケルター









 熱源のダミーをばらまいてみて、デュナメスを飛翔させる。群島を幾つか見て回ってとりあえず人間の居住が無い場所を選んだつもりだったが、その選択は少々甘いだろうか。
「──地元のゲリラさんのふりしてみるとかな」
 そう呟いて、指先で軽く頭を叩く。
「逆に一般の皆さんを巻き込んでどうこうするとか、そういうのはうちのやり方じゃねぇだろ?」
 ハロならばどう返答をしただろうかと思いながら台座を軽く撫でる。どうにもやはり、沈黙が続くのは好きではない。
 そうやってひとりでいることは、本当はどうと思うでもなかった筈だった。狙撃手というものは、それを孤独であると考えるようには、生成されないもののはずだからだ。
 それが気が付けばこうやって誰かに話しかけるのを好み、無機物に話しかけるのを好み、それが居なくても虚空に話しかけるのをやめられずにいる。
 ハロが悪いのかもしれないし、生来の性格が悪いのかもしれない。
 確かに今こうやってできあがってしまった、ガンダム・デュナメスのマイスター、ロックオン・ストラトスといういきものにとって、おそらくそれは好ましくない事態なのだろうが、それでもロックオンはひとまずそういういきものであることをやめるつもりにはなれなかった。
 主義主張の問題ではない。つまりは趣味の問題である。
 こういうところが、技能はティエリアに評価されても、それ以外の部分で評価されない理由なのだろう。
 まあそれはそれで構わない。そう思って知らず浮かぶ笑みを自覚しながら、ロックオンはデュナメスを操作してキュリオスとアレルヤの居る島へと急ぐ。
 不安はあるのだ。
 だがそれをアレルヤの前で示すつもりはなかったし、他の誰に言うつもりもなかった。無論ハロにも、デュナメスに対してでさえも。
 そう考えて、ふとロックオンは操縦桿から手を離す。指を伸ばして、ディスプレイをこんと叩いた。
「──お前は拗ねんなよ?」
 そう冗談めかして言ってみて、当然のことながら返事は何も無かったが、ロックオンはとりあえずそれでよいということにした。
 これに関しては、否さえなければそれでいいのだ。



 振動を残して地上に降りた機体を、キュリオスに取り付いて様子を見ていたアレルヤは少しだけ振り返って手を振ってみせた。
 コックピットから振ってみせたところで返事があると伝わるわけもないだろうし、デュナメスを動かすのもどうだろう。アイカメラの光を明滅させるだけでとりあえずそれに応えて、ロックオンは手元のコンソールを操作しGN粒子の散布だけを命じてコックピットハッチを開ける。
「どんな感じだ!」
 とりあえず大声でそれだけ言いながら、殆ど飛び降りる勢いで問えば、振り返ったアレルヤは少し考えるようにしてから応えた。
「少し前進?」
「お、そいつはグッドニュース」
 そう言ってロックオンはキュリオスの足下まで歩み寄ると、コックピットに張り付くようにして様子を見ているアレルヤを仰ぎ見た。彼の傍らで、グッドニュース!と陽気な相棒が声を上げる。
「……といっても、完璧というわけではないけど」
 アレルヤは軽く肩を竦めて、コンソールに手を伸ばした。それにあわせて、くい、と指が動く。
「お」
「これだけだけどね」
 そう言ってアレルヤはキュリオスの左腕をぐうと伸ばして挙げてみせた。
「あとはまだ回路が死んでる。だけどとっかかりは見つかったみたいで、プログラムの問題らしいから今宇宙にデータを転送して見てもらってる。ついでだから不味そうなところは予備のプラグと交換してみるよ」
「そうか、よかったなあ」
「うん」
 頷いて笑みを浮かべる男を見上げ、ロックオンは少しだけ考えてから自分も笑って言った。
「──わかってんじゃん」
 距離がある分聞こえるか聞こえないかは微妙なところだっただろう。その気配を窺うロックオンが、油断したその一瞬の間をおいて、ふっと視界に影がよぎる。
 振り仰ぐ間も惜しみ飛びのいたロックオンの足下に、がんっ、と盛大な音を立ててハロが落下してきた。
「……ッ、死ぬわッ!」
「ごめんなさい!」
 明らかに全力でもって投げつけた姿勢から、ぱっと背筋を伸ばしてアレルヤが叫ぶ。というかお前今確実に舌打ちしただろその瞬間どっちだったか知らないが。
 とりあえず少しめりこみながらも元気に『ヒッサツ!』と声を上げるハロは無事なようであるのを確認して、まあその言動にも若干つっこみたいところではあったが、息を吐いたロックオンは振り仰いでアレルヤを見た。苦笑を浮かべている顔は、若干憔悴しているようではあったが、それでも事態が進展したということに安堵しているのだろう、笑みにも自然さが戻っているように思えた。
「よかったな」
「──はい」
「言ったろが、ずっとじゃねぇって。お前さん、俺とかおやっさんとか、イオリアの爺さんとか甘く見んじゃねぇよ、こんな簡単な事故でいきなり事態がずっこけてたまるか」
 そう言いながら、一番ほっとしているのは自分だろうと、ロックオンは心の隅で思っていた。
 キュリオスも、デュナメスと同じように、或いはハロと殆ど同じようなもので、所詮機械でしかない。道具でしかない。
 それがわかっていても、自分の搭乗する機体でなくても、これが傷つき、動けなくなり、或いは使えないと判断され切り捨てられるのはあまり楽しくはなかった。
 笑いながら頷くアレルヤを見て、余計にそう思う。
 この年下の青年に、お前の腕を切り捨てろと、そう言うことがなくてよかった。
「まあ、そうなりゃあとは早いな。あとはおやっさんに頑張ってもらって、あとは俺らはこっちでできることを──」
 暢気な口調で続けようとしたロックオンを、鋭い警告音が遮った。
 はっと振り返ってロックオンは空を仰ぐ。不意の音に驚いたのか、ばさりと鳥が羽ばたいて梢を揺らした。それだけを見てから通信端末に視線を落とせば、ヴェーダから送られてきた画面には点滅する光が映されていた。規模は一個小隊というところか。早い。
 そのひとつの横に記されている識別番号。
 ロックオンは思わず舌打ちをする。
「──ロックオン!」
 自分の端末にも通信が入ったのだろう、アレルヤが上擦った声で叫ぶのをちらりと見て、ロックオンは端末をぱたんと閉じた。まだ幾らか情報は続いていたが、今はとりあえず構わない。それはコックピットで確認すればよいことだ。
 とりあえずしなければいけないことは、彼を見て、笑うことだ。
「アレルヤ、ハロ少し返せ。見てて不味そうだったら機体は捨てて逃げろ、どうせ動かねぇんだったら連中に渡したって同じだ」
「うん、でもあなたひとりで」
「任せろ」
『マカセロ! マカセロ!』
 遮った声に被さるようにして、陽気に抱え上げたハロが返す。アレルヤは少し口ごもって、何か言おうとして、そして諦めたようだった。
「頼みます」
「了解」
 指先だけ振ってみせてロックオンはデュナメスへ向かって駆け出した。表情は強ばっていなかっただろうか? 大丈夫だと思うが、こうやって振り返った瞬間に顔の筋肉が不本意そうに引きつるのが感じられた。無理だったかも?、と、冗談めかした思考が浮かんで思わずつくったものではない笑いが浮かぶ。
「ハロ」
 そう言って相棒を抱える腕に力をこめる。
「本気出していくぜ──相手はしつこいぞ」