ヘルタースケルター
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そりゃあけちょんけちょんに負けたって追跡くらいはするだろうさ。
今や自分たちは世界中に目の敵にされた賞金首で、犯罪者で、世界から数十年──とまでは言わないしよくわからないけれど十数年くらいは先んじた技術を持っていて、ついでにそれは世界にたった4つぽっちしか存在していないんだからな。
そう軽い口調で言うロックオンは、デュナメスを飛翔させると視界から消えた。大気の振動がおさまって、あたりは静かになる。
「──ハロ」
足下に転がる球体のロボットに、アレルヤは声をかけた。デュナメスに乗りこむ前のロックオンは、どういう風にかれ──これ、と接していただろうかと考えながら。ハロは少しだけ此方を窺うように傾いでみせて、どうやら間違いではなかったらしいと思いながら言葉を続ける。
「コックピットに入ろうと思うんだけれど。君もきてくれないかな」
『ウゴカナイ! マダ、ウゴカナイ!』
「うん、そうだね」
そう言ってアレルヤは身を屈めると、球体を抱え上げてプラグを引っ張りまとめた。特に遮る様子でもないから、それでよいのだと判断してくれたのだろう。そういう行動が宜しくないのだと思えば、ハロは口でも実力をもってでも、アレルヤに抵抗することができるのだから。
「それでも此処で待っているだけなのは厭なんだ」
ハロは静かに羽根を開閉させた。それは多分同意だと思う、自分は彼らに甘えているのだろうか。
「反応この辺で途切れましたって言ったらまあ、見にくるよなァ」
ひとりごちながらロックオンは、キュリオスの不時着した無人島から少し離れた小島にデュナメスとともに身を潜める。このあたりは群島地帯で、人の住む島も幾つかはあるようだったが殆どがジャングルに覆われた無人島らしかった。
「つか、反応途切れてたのが見えちゃいました、かもな──まあそこらへんは俺もあちらさんじゃないからわからんわけだが」
レーダーに映る光点は警戒しながら近付いてくる様子で、此方の不調を知っているのかいないのか、むしろこの海域にガンダムが潜んでいるという確信はあるのかどうなのか。
「ミス・スメラギなら何と言うかね」
というよりも、本当はその判断を確認してから動くべきだったのだろうとは思う。自分もその辺は判断不足だったと思うのだが如何せん時間が無かった──慌てていたことも認めよう。とりあえず状況だけは暗号通信に載せておくっておいた。自分の判断は可もなく不可もなく、不可寄りかもしれないがベストだろう。多分。無理かも。
手を出したくない、というのが本心だ。
何処の勢力かまだ判らないが、たとえ3機のおそらくは哨戒部隊だろう、小規模な行動であっても、MSがロストしたとなれば本格的に此方を探ってくる筈だ。それまでにキュリオスが動けるようになればすぐにここを脱出できる。このあたりはユニオンとAEUがそれぞれに掌握している小国の勢力が微妙に重なり合って、互いの手を出しづらくさせている海域だ。巧いこと手を出し損ねるようにしてやっているうちにハロが何とかしてくれればいいのだが。
「──ハロばっか頼るもんじゃねぇな」
そう苦笑して、ロックオンは手を伸ばし空の台座の縁に触れる。
其処に、常ならば陽気に返事をくれる相棒の姿は無い。
「つか独り言多すぎだよなァ」
そう冗談めかして呟いてみても、それに対するコメントもない。せめてデュナメスが返事をくれないものかと期待してみたが、ひそやかな振動音にそれを読み取るには自分の『ガンダム』熱は低すぎるようだった。
それでも口端を歪めて、ロックオンは言った。
「頼むぜ、相棒」
こころえた、とかれは軽く請け合ってくれるだろう。
少なくともベストを尽くしている。ハロにわからなければ自分にはわからない、ハロがわからなければ打つ手が無くなるということだ。それでも、ロックオンはハロに頼んだし、ハロはそれを二つ返事で了承した。
或いは、デュナメスも。ロックオンが求めたように、ロックオンが請うように、この機体は動くだろう。今のところ──かれの同僚が臍を曲げてしまっているとしても、それはデュナメスに関係はない。これが例えばハロのように、或いは刹那の機体のように、何らかの答を持っていてそれをただロックオンの機能が足りぬせいで読み取れないだけなのだとしても、少なくともロックオンの意志に、従って、動く。その事実だけはかわらないのならば。
ならば自分はハロが居なくても、それなりの仕事をこなすべきだ。
ロックオンはスコープを引き下ろす。近付いてくる機影は、特徴的な動きからフラッグであると知れた。ユニオンだな、と苦笑を浮かべる。AEUの機体であれば御しやすかったかといえばそういうわけでもない。単なる確認だ。此処で人革連に手を突っ込まれた日にゃ考えることが増えすぎてパンクする。
「さてと」
そう呟き、唇を湿らせる。指は引き金に添えて、真っ直ぐに空を見る。
フラッグはデュナメスの潜む小島の少し手前で静止した。一機は状況を窺うようにそのまま上空で待機し、二機が高度を落として無人島のひとつに降下する。虱潰しにするつもりだろう。
ロックオンは一度瞼を伏せる。そうしてもういちど開いて、真っ直ぐにフラッグを見た。
ひかりが、空を射る。
「──飛行可能な機体はないようである」
ひとところに伏せたまま三機を撃ち落としたロックオンは、コックピットから出ると緑の気配の濃い大気を深く吸って吐き出した。
「無人島のひとつに潜み、抵抗を続ける様子。ただ遠距離射撃特化型の機体であるため行動は慎重を要する──ってとこで、どうだ?」
無論返事は無い。それでもロックオンは構わないように笑う。
物量で来られれば誤魔化すのも難しいだろうが、そこまでの判断をするには時間を要するだろう。隅から隅まで、願望でしかないが。
「4つぽっちしかねぇんだ──奪ってくんじゃねぇよ」
そう言って、ロックオンは空に向き合って呟いた。
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