ヘルタースケルター
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通信で入ってきた声は、最初のうちはただ操作の不調を知らせるだけのもので、淡々とした報告で済んでいた。
空は奇麗に晴れていて、ミッションも何の問題も無く終わった。敢えて問題を上げるとすれば、問題が無さ過ぎたことだろう。自分たちは優秀だから、期待が大きくなりすぎるとこまるな、なんて、ハロに笑って言ってみたくらいだった。
キュリオスの高度が少し下がっているのを指摘してやると、どうも調子がよくなくて、という少し困ったような返事があって、それはそれでまだ少し笑いあったやりとりができた。拗ねたんだろう、お前ちょっと愛情がなさすぎる。そんなこと言うかなあ、あなたはどうなんですか? おれは大切に乗っかりますよ。馬鹿言わないでくださいよ。あれ?
くだらないやりとりが少し戸惑いがちになって、ロックオンは名前を呼んだ。筈だ。アレルヤ?
笑い事で済んでいた間はよかった。
GN粒子を散布しながらキュリオスを特に緑の濃い渓谷の隅に移動させる。自分の機体だったらナンボかマシだったかね、と、緑に映える橙のマーキングを見下ろして、デュナメスのコックピットでロックオンは溜息を吐いた。
常に台座に居る相棒の姿は無い。まだキュリオスの異常を探るべく、そちらの機体に接続してあるのだ。そう広いわけでもないコックピットの中が、たったそれだけのことでひどくがらんと広がったように思えてしまった。
「──不安、ね」
そう小さく呟く。
キュリオスの足下で佇んでいる人の姿は拡大しなくても見えた。髪で影になった表情は暗く見える。その表情を思えば、自分がひとりでいることなど、さほどのこととも思えなかった。
もう一度溜息をついて、ロックオンは通信をオンにした。
「具合はどうだ」
人影はびくりと肩を動かすと、此方を振り仰いで大きく手を振ってから返事があった。
『まだ何とも』
「そか──おやっさんも微妙な顔してたしなあ」
イアンと連絡をとってみても、何も見ないで機械の細かい異常がわかるわけではないのだと首を振られた。基地のある島までゆけばいくらかはマシだろうが、デュナメスが担いで海を渡るには距離がありすぎる。
とりあえず現状でわかることだけを、ハロを通じて送っている。場合によってはイアンが直接この島まで来なくてはならないのだろうが、そこまでの最悪の事態でなければいいと祈るばかりだ。
「っつーか心配心配すぐ見たい今見せろって顔してたからなァ」
『そういうわけにもいきませんしね』
「トレミーの連中がうまく留めてくれるように祈っとこうぜ」
『そうですね』
苦笑混じりの声に、ああ、困ってるよなあ、と思う。
ロックオンは、機械なんてそんなもんだろう、と思っている。ハロと毎日接しているからかもしれないし、ライフルなどの癖の使い火器を扱うのに慣れているからかもしれない。
どんな機械だって整備しなければ不調は起こすし、整備していても不調を起こす。いくら完璧を期していても意識しなかった部分で齟齬を起こしたりする。そういう予測外の事態を排する為に、メカニックは最善の注意を払うし、扱う者は無茶をしないように気を遣う。
殴ればなおる、は極論だが、そのくらいに思っているのは本当だ。壊れる時は勝手に壊れるし、そこまでゆかなくても簡単に臍を曲げる。ハロなど拗ねる。
勿論そんな事態が起こらないようにするのが大前提だが、駄目な時は駄目なのだ。
「あんま気負うんじゃねぇよ」
努めて明るい声のでるように、ロックオンは口角を上げてそう言った。
『──でも僕がもう少し注意していれば』
「その時はもう少し後になっただけだろうさ。むしろミッション中じゃなかっただけありがたい話だと思えばいいだろ」
『それはそうですが』
アレルヤが小さく息を吐いたのがわかった。溜息だろう。そうして彼は、静かに沈黙を続けるキュリオスを振り仰ぐ。
『もう少し後だったら基地までついていたかもしれない』
「不時着できる島も無かったかもしれない。かもで話を進めるんじゃねぇよ、事態さえわかればおやっさんがなんとかするって言ってたしさ」』
こんなことを通信で言い合うのは距離があって厭だな、とロックオンは考える。
正面から、眼を見て、笑ってやって、手を伸ばして。
腕を掴んで、肩を抱いて、ぐしゃぐしゃに頭を撫でてやって。
そういう風にしてやりたいのに、MSの腕ではそういうわけにもいかない。キュリオスにそうしてやっても、何かしら伝わるものはあるかもしれないがそれはあまりに滑稽に思えたし、何よりも今以上の不調を招くような気がして手を伸ばしかねた。
彼の傍らに着陸して、飛びついて、撫でてやって。
そのくらいでちょうどいいだろうな、そう思いながらロックオンは息を吐く。
「ちょっと待ってられるか。ハロ頼む──つかハロに頼むっつか」
『──何でしょう?』
『マカサレタ!』
不安げなアレルヤの声に、場違いに陽気な相棒の声が被さる。きっと自分よりも先に気が付いていたのだろう。まったく、優秀な相棒を持つと助かる。
とりあえず口角を上げれば声には笑う気配が乗る。むこうがモニタを持っていないのを、助かった、と思いながらロックオンは操縦桿を少し力をこめて握る。
「お客さんだ」
レーダーには敵機を示す光点が3つ、近付いてくるのが映っていた。
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GN粒子にできる限界がよくわからないまま勢いで書いています。