ヘルタースケルター









「どうだ?」
「だめですね」
 かけられた声にそう言って肩を竦めて、アレルヤはキュリオスのコックピットから飛び降りた。呟く返事が機体の足下に居たロックオンに聞こえていたわけもなく、改めて小さく首を振ってみせる。
「むりです。全くわからない」
「──参ったね」
 ロックオンは小さくぼやいて天を仰ぐ。マイッタ、マイッタ!と、ハロがその足下で小気味よく返事をした。その元気の良い様子を一瞥し、ロックオンはしゃがみこんで跳ね回る相棒(の最高到達地点)に視線を合わせる。
「お前わかるか?」
『ワカラン! ワカラン!』
「こんにゃろう」
 ロックオンはハロが撥ねる半ばほどに手を突き出して跳ね回る動きを阻害し、アイタッ、と悲鳴のまねごとをしたハロはそのままころころと土の上を転がる。少し苦笑したアレルヤは視線を巡らせて、光を反射させて奇麗に輝くモビルスーツの表面に映った自分の虚像を見る。背景に鬱蒼と茂る緑を背負って、つるりとした外装に映ったアレルヤは少し不機嫌そうに見えた。
「──きみはわかる?」
 小さく呟いてみれば、鏡合わせの自分は、梢が風に揺れるのに合わせて肩を竦めたようにみえた。
──わからん。
「役立たず」
「「んだとォ?」」
 自分のうちがわからの声と、背後からの声とが同時に響いて、アレルヤはうわあと身を竦めた。ハレルヤぁ、と情けない声で呼びかけても、それきりもうひとりの自分は返答をしてくれなかった。


 キュリオスが動かなくなった。


「──じゃあロックオンはわかるんですか」
「わからん」
 アレルヤを一発殴ってから、ロックオンはきっぱりと答えた。まあそれ以上の返答を、アレルヤとしても期待はしていなかったのだが。
 自分たちにできるのはある程度の応急処置とカレルの扱いくらいで、それ以上の専門知識は欠けている。例えばガンダム狂の刹那であれば判ったのかも知れないし、ティエリアもその膨大な知識でどうにかできたかもしれなかったが、この場に居るのがアレルヤとロックオンという、ある意味では最悪の組み合わせではどうすることもできなかった。
「大体ハロにわかんねぇならお手上げだろ」
「──そうですね」
 GN回路は動いてるっぽいんだけどなァ、とロックオンは巨躯を見上げて呟いた。確かに背に負う緑のひかりは喪われていないが、無機の羽はまるで動こうとしない。デュナメスから外したケーブルでハロを繋いで、機体のチェックをさせているのだがそれでもまるで反応は無いようだった。
「どっかで何か詰まったかね」
「そんな単純なものでしょうか」
「わかんねぇけど。意外に機械ってそういうもんだろ、殴ったら治るとか」
「殴ったら壊れませんか」
「そいつはお前が馬鹿力だからだ。うちのテレビは殴ったら映った」
「それはあなたがすぐ安物を買うからです」
 人間ふたりは為す術を無くしてハロのチェックを待つより他にない。くだらない会話もすぐに途切れて、気が付けば同時に溜息をついていた。
 デュナメスとキュリオスであたったミッションはそれなりの激戦ではあったがさほど問題なく終了し、海上を飛行していたキュリオスの機体が風に煽られて速度を落とすまでは、ふたりで軽口をたたき合いながら容易かった勝利にそれなりの満足感を抱いていた。
 それが数十分の時間を挟んで、こうやって酷く打ちのめされた気分で地べたに立つ羽目になる。
「とりあえず無人島ぽかったのが幸いかね」
 ロックオンはそう言ってアレルヤに笑った。
「トレミーに連絡入れてとりあえず様子見か。ミッションに障るまで故障が続いたら悲劇だが、そこらへんはそうなってから考えることだな」
「ロックオンは戻った方が、」
「そういうわけにもいかねぇだろ。おうちに帰るまでがバディです」
 そう言ってへらりと笑うと、ロックオンは少し離れたところで戦友の様子を窺うように跪いているデュナメスを仰ぐと、連絡入れてくら、と歩き出した。
 しかし、数歩歩いたところで、ぴたりと止まって振り返る。
「お前なんか要らんこと言ったろ」
「僕が?」
「拗ねたんだよ」
「拗ねたんですか?」
「ほら要らんこと言う」
 思わずロックオンを指して言ったアレルヤに顔を顰めて、ロックオンは眼の光を失ったキュリオスを指さした。
「愛の言葉でも囁いてみろよ、機嫌がなおるかもしれないぜ?」
「またそんなことを」
「俺は毎日してるけどな」
 アレルヤは不機嫌そうな──何となくそう見えた──自分の機体と、緑の中に沈むデュナメスを見比べた。そうしてまだこちらを不機嫌そうな顔をして──こちらは作っているようにみえた──見ているロックオンを見て、そうしてもう一度ひかりを喪った機体を見上げた。
 少しだけ、考える。
「もう少し頑張ってみます」
「おー頑張れ。おやっさんが何かわかりそうだったら通信繋ぐから」
 そう言って、表情を作るのに飽きたらしいロックオンはくしゃりと笑うと踵を返して歩き出す。ハロは不思議そうに自分の相棒と、不甲斐ないその友人を見比べて音声ではなく電子音をを鳴らした。演算中は些末事ご遠慮下さい、ということだろうか? そのつるりとした表面を、感謝をこめて軽く撫でてから、アレルヤはもう一度キュリオスを見上げて呟いた。


「あいしてます」








「──笑うならちゃんとわらって!」
「ふはははははははは!」