高く孤独な道をゆけ









「どうしたんだ!」
 ロックオンは通りを走ってゆく若い男を捕まえて叫んだ。男は一瞬こちらに迷惑そうな顔をむけたが、つかんだ男がロックオンだとわかると、ああ!、と声を上げる。
「旧来派が武器持って立てこもったんだとよ。連中MSまで隠し持ってたって話だ」
「そうか――」
「ニール、おまえもうこの国出たちまったほうがいいぜ、しばらくここは落ち着かねぇ」
「そのつもりだ。おまえも気をつけろよ」
「おう」
 男は気ぜわしげに後ろを振り返りながら駆け出す。ロックオンはそれを視線で追いもせず、アレルヤを一瞥して言った。
「どうする」
「僕らにできることは、ひとつだけです」
「だな……悪ィ」
「何がですか、『ニール』」
 ロックオンは立ち止まると思い切り顔をしかめてアレルヤを見返す。アレルヤはロックオンの数歩先で立ち止まって振り返る。
「どうしました」
「それやめてくれ」
「あなたはこの国でニールなんでしょう」
「もう終わった」
 吐き捨てるようにそう言って、ロックオンは歩き出す。それを眼で追って、半歩後ろをアレルヤはついて歩き出す。とりあえず街から出るまでは彼に主導権を譲っておくつもりだった。実質的に活動できるのはいま、アレルヤだけだから、そこから先は自分の仕事だ。
「遊びだ」
「遊び?」
「言葉遊びみたいなもんだ。名前なんて記号だろ、アレルヤ。なんだっていいものだ」
「じゃああなたは遊びでひとを殺したのか」
「──此処で言うことじゃないだろ」
 ちらりとアレルヤに視線を投げたロックオンは、毒づくような口調なくせに酷く傷ついたような顔をしていた。アレルヤはその腕を、手を伸ばして、掴む。
「言ってください、ロックオン。嘘でもいい、遊びでもいい」
「アレルヤ、」
「口先でいい。そのひとの死が必要だったんだって思わせて」
「──そんなもんじゃねぇよ」
 ロックオンは顔を背けて小さく呟く。
「そんなんもんじゃねぇし、でも後悔はしてない。結果としては間違いだったってわかってる。ただ、」
 許せなかった。
 そう小さく呟いた声は殆ど吐息のようだったのに、アレルヤはそれをしっかりと聞いた。
 それはロックオンの声などではなく、ハレルヤが聞き取って、アレルヤの耳元で囁いて教えたのかもしれない。本当はロックオンはもっと他の言葉を、その息に混ぜて呟いたのかもしれなかった。それでもアレルヤはその言葉と、ハレルヤの、アレルヤの声に重なって響いた。
──エゴだよ。
 そう重なる声は殆ど笑い声のようだった。
──感情ってのは美しいもんじゃないか、なぁアレルヤ? 結局此奴だって、同じようないきものなのさ。
 オレと。あるいは、僕と。
「ロックオン、」
「下がれアレルヤ!」
 小さく鋭い制止の声。掴んでいた腕に逆に引っ張られて、アレルヤは曲がりかけた路地に引き戻される。は、と視界を巡らせれば通りの向こうの街灯の下で、マシンガンらしきものを構えている人影が見えた。此方には気が付いていない様子ではあったが、周囲を警戒している様子がはっきりとわかる。
「──、すいません、ロックオン」
「気にすんな。この辺も封鎖されてんのか、うまくねぇな」
「あのひと、政府のひとでしょうか、反乱してる側でしょうか?」
「さあな。どっちにしろ、戦争起こそうとしてる側だろ」
「確かに──あ」
 頷いて道を引き返そうと視線を巡らせたアレルヤは、ふと一点に眼を止めて、固まる。ロックオンは訝しげな視線をアレルヤに向けた。
「どうした?」
「あの子、」
「知り合いか?」
 アレルヤは浅く頷く。知っているこの街の住人などそう数は居なかった。ホテルの女主人の末息子だ。大きな袋を抱え込んで、きょろきょろと辺りを見回している。お使いでも頼まれて帰るに帰れなくなったのか。責任感があると言っていたから、大人の声を振り切って出たのだろうか、それとも、彼女の目を盗んで外へ出てしまったのか。
 この通りからホテルまでは遠い。危険の無さそうな道を選んで、逆に遠ざかってしまったのだろう。不安げに視線を巡らせて、そして、こちらを見る。
 わらう。
「来ちゃだめだ──!」
 小さくアレルヤは叫ぶ。呼ぼうとしたのはアレルヤが適当にでっちあげた偽名だろう。躊躇いなく駆け出した顔が笑っている。おさない子供。母親。アレルヤに遠かった肖像。
 物音に振り返った人影が銃を構えるのが見えた。鋭い誰何の声。振り返る子供。



 或いは彼の抱え込んでいるものは、爆薬にでも見えたかもしれない。



 叫ぶ声、自分を呼ぶ声。殆ど誰何の声は殆ど悲鳴のように聞こえた。踏みだそうとしたアレルヤよりも数瞬早く、一歩だけ彼の近くに居たロックオンが飛び出すのがわかった。
「ロッ──、」
 アレルヤが伸ばしかけた腕は宙を掻く。こどもにも、かれにも、届かないで、




 銃声が響く。