高く孤独な道をゆけ









「心配しただろ」
 コーヒーカップを2つ運んできたウェイトレスに笑いかけてから、ロックオンはアレルヤに向き直って言った。
「ええ、とても」
 腹の底から吐き出すようにして応える。はは、とロックオンは苦笑した。
 小さなカフェはごったがえしていて、とりあえず案内されたテラス席に膝掛けを借りて座る。寒さもあったけれどそれよりも、店内の客はみな息を潜めるようにして、奥の小さなテレビに食い入るように見入っていた。おかげでテラスには他に客は無く、がたがたと騒々しく身を揺らしながら走るジープが走り去るのを待ってロックオンは肩を竦める。
「悪かったな、普通の通信しかできない携帯端末しか持ってなかったんだよ。相棒も連れてきて無かったし」
「それが失敗でしたよ」
「あいつ連れ回すとうるさいんだぞ、マジで」
「拗ねられますよ」
「秘密にしといて」
 ミルクピッチャーを取り上げかけていたロックオンはこちらの出方を窺うように視線だけ向けて、アレルヤはにっこりと笑ってみせる。
「どうしようかな」
「……ひょっとしてお前本気で怒ってる?」
「心配したって言ったでしょう」
 しれっと言い切ってコーヒーカップをもちあげたアレルヤは、その湯気の向こうでくしゃくしゃに顔を顰めたロックオンに笑い声を上げる。
「ハロだって心配してますよ、かれにだって怒る権利があるんじゃないの?」
「──かも。他の連中は」
「イア──、ヴァスティ教授が怒ってました。ゼミをさぼるなんて何事だって」
 テラスの面した道路を歩いてゆく警官らしき制服の人々に、ちらりと目を向けてアレルヤは言った。
「この埋め合わせは絶対にさせてやる、ですって」
「そりゃ参る」
「アーデ君なんか、今すぐ探しにゆくって凄い剣幕で」
「そいつは怖ぇな」
 肺の奥底から吐き出すような呟きに、アレルヤは声を上げて笑う。プトレマイオスからの通信で、状況報告を行った時のティエリアの怒りっぷりといったら半端なものではなかった。きっと少しでも余計なことをいえば、3秒後にはヴァーチェと共にトレミーから飛び降りていただろう。自分や刹那のような問題児とは違って、ロックオンはまだ(比較的)良識があるという判断を下している筈だから、これで余計に問題を起こせばついにはひとりで何もかも片付けるとでも言い出すかもしれない。
「これからどうするつもりですか」
「どうもこうもしようが無いな」
 ロックオンは天井を仰いで呟いた。
「俺は何も持ち込んでないし、出るタイミングを失いすぎた。いま俺が居なくなったら完全に不審者だぜ。まあ、事実だけど」
「ですね」
 頷くアレルヤに、ロックオンは肩を竦めてみせる。
「きっぱり言いやがる。お前のは?」
「街の外に、待たせてます」
「ヴェーダの指示か」
「両方ですね。エクシアも必要ならば、出れるように待機しています」
「刹那までかよォ」
 ロックオンは天を仰いで呟いた。どうも脳裏では、説教を言われるだろう人数をカウントしているらしい。アレルヤは呆れて溜息をついた。
「言っておきますが全部あなたのせいですからね」
「──わかってっけど」
「あなたが出れない以上彼を待つのがベストだと思いますよ。とりあえずは、待機です」
「そして、紛争が起こる、か」
「でしょうね」
 そう言って言葉を切ったのは、またがりがりと石畳に噛みついて進むジープが通りすぎるのを待たなければいけなかったからだった。アレルヤの目には、殆どこの状況は、紛争と呼べるように思えた。まだその悪意が、形をもって姿を現していないだけで、この空気の底には既に、鉄と火薬の匂いが忍び込みはじめている。
「僕らが出てくるには、まだ、早すぎる」
 呟くアレルヤの言葉には、自分で驚くほどの焦りが滲んでいた。
「僕らに眼を向けさせる為には、もっと多くの血が流れなきゃならない──歯痒いね」
「──だな」
 そう言ってロックオンは立ちあがると、ポケットから紙切れを取り出して、そこに数字列と通りの番号を書き付けた。通りすぎる車の巻き起こす風に飛ばないように、それを硬貨で敷く。
「俺は少し頼まれ事を片付けてくる。結局一週間いるからな、家主にお使いまで頼まれてるんだ──お前、ホテルに泊まってんの?」
「ええ。大通り沿いの、青い屋根の」
「あー大体わかった。今日はうちに来いよ、話すこともあるし。何なら引き払ってきてもいいぜ、ソファもあるから二人は寝れる」
「アパートですか?」
「一週間いるつもりだったからさ。ホテルより楽だし。それでいいか?」
 アレルヤが頷くと、にっとロックオンは人好きのする笑顔を浮かべる。そうして子供にするように、わしと座ったアレルヤの頭をかき混ぜた。
「遭いたかったんだ、アレルヤ」
 まるで自分が彼を振り仰ぐのを止めさせるように、力をこめたてのひら。
「ほんとに、遭いたかったんだ」
「ロックオ──?、うわあ?!」
 その妙に真剣な調子を不審に思って尋ねようとしたアレルヤの頭を、ぐしゃりとひっかきまわして髪の毛をぐしゃぐしゃにしたロックオンは、はは、と愉快そうに声を上げてテラスと歩道の境界線になっている花壇を跳んで跨ぐ。振り返った男は猫のようにふふんと笑った。
「待ってるぜ」
「──そんなに待たせません」
 これ以上。
 言い足す必要など無かっただろう、ロックオンはひどく、満ち足りたような顔をしていた。