高く孤独な道をゆけ
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プトレマイオスからの暗号通信を開くと画面に映ったスメラギは銃声のような硬質な声で言った。
『ロックオンはいる?』
「いません」
アレルヤは同じくらいの緊張を添えて応える。スメラギは喉の奥から総て吐き出すように溜め息をついて、背もたれに体重を預ける。
『……みたいね。あの子のことだから例えばあなたにだけは連絡をしてるかもしれないって思ったんだけど』
「定期連絡のついでに連絡があったくらいですよ。多分情報は、同じくらいしか入っていません」
『そう、残念だわ……パリアの件については?』
「それも多分、大差ないでしょう、エージェントからの報告は幾つかありますが、ニュースで繰り返されている内容と変わりありません」
『そう』
スメラギは上方を仰いで息を吐く。宇宙にいる彼女たちに『天を仰ぐ』という表現は無意味だ。ならば助けとなる存在は大気圏の狭間にでもあるのだろうか、アレルヤは少々意地の悪い気持ちで考えた。
そのくらい考えてもいいだろう? それは自分たちを助けてくれない。はぐれた兄貴分を空から掬い上げて自分たちの目の前に落としてくれない。
パリアという小国のニュースは、ソレスタル・ビーイングの件に比べて酷く小さな扱いを受けているトピックスだ。
歴史の長い国ではない。AEUと人革連の実質的な境界線にほど近い、紛争が多く分裂と結合を繰り返してジグソーパズルのピースのように歪な形の国境線で構成された地域で、つい数十年前に独立を宣言した国家である。国土の殆どを山林が占め、かつての主産業は林業であったが、最近では切り開いた山間部に建設された工場地帯で生産される軍需用のICチップの輸出が財政の殆どを担っている。それらは主にAEUへ輸出され、結果としてAEUには参加しないまでもその属国のような立ち位置を保っていた。
その国の陸軍相の父親が暗殺された、というニュースは現在のところ国際社会において大した価値を見いだされてはいない。
今でこそ退陣しているが、その男は独立の際に軍を率いた将だったらしい。犯人はまだ見つかっていないが、国が独立する際に現在の政府によって追われた人革連よりの組織による犯行だろうということは容易に予想がついた。政府は正式に非難を表明し、老将の死を国葬にて嘆いたのち、その喪の明けぬうちからその組織討伐にむけて軍備を進めている様子である。
そもそも発言力のある国ではないのだ。AEUのMSにしたところでその国からの輸出に総て頼っているわけではない。ある程度の混乱が起こっても、それに手を入れることでパリアに対する発言力をより強められるだろうというくらいの思惑はあるだろうが、少なくとも世界はそれに見向きもしていなかった。
おやおや、何もこんな時期に紛争を抱え込まなくてもねえ。そんなタチの悪い冗談がテレビショーの最後に付け加えられる。まるで子供に手癖の悪さを注意する大人のように。そんなことをすればソレスタル・ビーイングが来てしまうよ?
そう、ソレスタル・ビーイングはその動向を見守っていた。どれだけ小さな紛争であっても、其処に争いが存在する限り、自分たちは動かなければならない。世界を変革するために──しかし、彼らがそれを注視する理由はそれだけではない。ガンダムマイスター、ロックオン・ストラトスがその国からの報告を最後に連絡を断ったのである。
『事態はあんまり良くないわ』
画面に映ったスメラギは、手元の端末を操作した。おそらくヴェーダから送られてきているデータを参照しているのだろう。
『首都は厳戒態勢。現政府側とそれに反抗する組織の睨み合いが続いてる──まさに一触即発ってやつね。まだ戦闘は無いみたいだけど、そうなってしまうのも時間の問題でしょう』
「そして、其処にロックオンがいる」
『ええ、多分ね』
スメラギは視線を落として溜息をつく。
『巻き込まれて連絡が取れなくなっている、ということは無いでしょうね。あれで有能だから、逆に此方へ連絡を取らない方が安全だという判断かも』
「買ってるんですね」
『私があなた達を信頼しないでどうするの?』
肩を竦めるスメラギに、アレルヤは苦笑して頷いた。確かに。能力を把握し、どれだけのことができるかを理解してその上で予報する──それは言い換えれば信頼も言えるだろう。
「心配はかけさせてしまっているみたいですが」
『そのくらいはさせてちょうだい』
「もう少し安心して動かして貰えるよう心掛けたいものですが──デュナメスは?」
『アイルランドのアジトに置きっぱなし。ハロもお留守番中よ』
「最悪ですね」
アレルヤは息を吐く。ええ、とスメラギも頷いた。
ガンダムは車ではないのだから移動手段にするようなものではない。何より当たり前だが目立って仕方がない。ある程度の目くらましはできるが、オフという自由を得た以上ロックオンがかれらと共に行動する必要など無かった。そしてソレスタル・ビーイングとそのガンダムマイスターは、ガンダムが無ければ行動できない。
ソレスタル・ビーイングはガンダムと在るからこそ価値があるのだ。
そうでなければ意味は無い。ガンダムという、何にも勝る『力』があるからこそ、自分たちの存在は認識される。ひとがひとりで戦い、その名を名乗ったところで何の意味を持つ。ガンダムは人の顔を持っていてはならないのだ。ひとの意思を求めない、絶対的な力。
それゆえに、ガンダムを持たないマイスターの行動は制限されるし、無力である。
『介入は、しなくてはいけないわ』
スメラギは静かに宣言する。
『未だ始まっていない戦いに手を出すのは存在意義に反する。それは逆に戦争を呼ぶ行為よ。でも、戦いが始まってしまったら、それを止める為に動かなくてはならない──どれほど小さなものであっても』
「──でも、」
『ええ、わかってるわ』
アレルヤの言葉にスメラギは頷く。
『ロックオンの救出──いえ、援護ね。きっと彼も戦っている。彼の支援がファースト・フェイズ。ミッションを開始するわよ、アレルヤ・ハプティズム。出れる?』
「無論」
頷いてみせればスメラギはほっとしたように笑った。
『地上に居るのがあなたでよかった。本当に一番向いているのは、ロックオンだと思うんだけど』
「無いものを頼りにしても仕方ないでしょう」
『まったくだわ! 刹那には無理でしょうし、ティエリアを出したら何も構わずヴァーチェで一発って選択するでしょうから』
はは、とアレルヤは苦笑する。プトレマイオス艦内の会議の情景が、何となく想像がついた。
まずはロックオンと合流だ。いくら厳戒態勢の引かれた小さな街であろうとも、多少間の抜けた旅行客ひとりが入り込める余地があったのだ。もうひとり忍び込むくらいは何とかなるだろう。そのあとは状況を探り、ヴェーダとスメラギに報告をして、最も良い選択をする。世界を変革するための──。
『アレルヤ』
目を伏せてプランを追っていたアレルヤに、スメラギは静かに声をかける。顔を上げたアレルヤに、スメラギは笑って言った。
『頼んだわよ──ロックオンをお願い』
「心得ました」
アレルヤは静かにひとつ頷いた。
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