その掌に誓った









「ロックオン」
 最近与えられたその名前に馴れておらず、反応までに2.5秒を要した。部屋の片隅に座りこみ無反応の自分に焦れたのか、声の主がまたその嘘くさい名前を呼ぶ。
「ロックオン・ストラトス」
 致命的だな。そんなことを思いながらロックオンは顔を上げる。顔しか知らないエージェントの横に立っていたのは、生真面目な顔立ちの少年がいた。
 硬そうな質の髪は殆ど手をかけていないのか、ぼさぼさと伸びてその表情の半ばを隠している。その造作は端正といえるほどで、見ようによっては女の子と見間違ったかもしれなかった。薄い唇は生真面目な性格を顕すように小さく結ばれていたが、表に出ている片方の眼だけは不安の色を灯していて、それが妙にアンバランスに思った。
「アレルヤだ。お前と同じ、ガンダム・マイスターの候補になる」
 その言葉が咄嗟に理解できず、ロックオンはしばし少年を見上げる。
 未だ子供と言えるような、こども──それはロックオン自身とも、大して差のあるものと見えなかっただろう。少なくとも、おとなたちにとっては。しかしその差異を、ロックオンは足下の揺らぐようなものと思った。こんな。こんなこどもも。
「デュナメスの?」
 彼から目を逸らすようにして、ロックオンはエージェントを見上げる。おとなであるその男は、ロックオンの言を子供じみた我が儘と聞いたのだろう。安心させるように、過剰に笑顔をつくってみせる。
「いや、君とアレルヤとは特性が違う。君たちは良い仲間になれると思ってね。だから、まだ訓練段階の君たちだけれど、紹介しておこうと思ったんだ。余計なお節介だったかな」
 ロックオンはひとつ頷いて、そう、と答える。そうしてから改めて、アレルヤというらしい少年を見上げた。
 すらりと細い体躯。不安げな瞳。その唇が少し、無理をするようにして笑みを形作った。
 こんな。こんなこどもも。
 そのとき、ロックオンは決めたのだ。
 それまで自分たちの居場所には自分以上の子供が居なかった。それが甘えでなかったら嘘になる。両親を失った怒りと悲しみだけを腹のうちに飼って、ただ世界を射殺そうと定めていた子供。そういうものが平気な顔をして憎みつづけることができるのは、おとなたちが自分を庇護していたからだ。そうであることを許していたから。
 それを許していたのは自分だ。そうされることに甘んじていたのは自分だ。ガンダムという力を手に入れることができると、世界の何もかもに怒りをぶつけることができると、ただ単純に思っていたのは自分だ。酷く幼稚な欲望。
 知っていたはずだ。
 自分の怒りは自分だけのものだ。自分の悲しみは自分だけのものだ。それを誰かにぶつけることも。誰かに強いてはならない。誰かに求めてはならない。自分よりも幼いものに、それを共有させることはできない。
 こんなおさないものに、悲しみをみせてはならない。
 ロックオンという名前になったいきものは、そうすることに決めた。
 ロックオンという名前になることにきめたいきものは、そうすることに決めた。
 それまでの自分を、子供の怒りを、眠らせることを決めた。
 決めてしまえば──簡単だった。ロックオンは、ひとつ息を吸うと、その少年にへらりと笑いかけてみせた。少年が少し驚いたように、瞬きをしたので余計に笑った。
 そうして壁にもたれていた体を起こし、壁を支えにしてよいしょと立ちあがる。立ちあがったときにはじめて床の冷たさに気が付いた。ついでにアレルヤが自分といくらかしか背丈が変わらないことにも気が付いた。
「ロックオン・ストラトスだ」
 そう言って、ロックオンはジーンズで手を払うと拡げて差し出す。
 アレルヤはそれを面食らったように見下ろして、それからロックオンの顔を見た。まだ戸惑いを残していた顔が、こくり、とひとつ頷く──そしてまっすぐに、ロックオンを見た。
「アレルヤです。アレルヤ・ハプティズム」
 握り返してきた掌は小さく、小さいけれどもしっかりとした存在感があった。
「よろしくな」
「ええ──お互い、頑張りましょう」
 そう言ってアレルヤは柔らかく笑む。先ほどのように、無理をした表情ではなくて、多分それが、かれの本来の表情であったのだろう。
 それを見て、ロックオンは決めたのだ。
 かれの──かれらの、自分は、かれらのためのものになろうと。自分よりもひとまわり小さな、その掌に誓った。




ネタが割れる前にやっておけ企画。
→アレルヤサイド