その掌に誓った









「ロックオン」
 彼は、部屋の片隅で座りこんで端末をじっと見ていた。いや、見ている、というにはその視線は真剣みに欠いていた。ただそこに情報があるから見ているというだけで、道端の看板を見やるほどの注意力しか、その手つきには見受けられなかった。
「ロックオン・ストラトス」
 苛立ちを含んだ声で、アレルヤを連れてきたエージェントの男がもう一度その名前を呼ぶ。それで、ようやく彼は顔を上げた。そのはずみで、ふわりと曲線を描く髪が揺れた。
 その体躯が自分よりもいくらか年上のものであることに察しはついていたから、自分を見上げた顔が思った以上にあどけないものであったことにアレルヤは少し驚いた。ひょろりと伸びた体躯に想像していた通り線の細い顔立ちであったが、その中のパーツが大きめで、それが幼さとみえたのだろう。しかし、その瞳は妙に空虚であるように思った。
 見るものを、何とも認識しようとしていない眼だ。
「アレルヤだ。お前と同じ、ガンダム・マイスターの候補になる」
 ゆるりと動いた視線が、アレルヤを見る。じっと。
 それに鋭い痛みを覚えたような錯覚をうける。
「デュナメスの?」
 ロックオンというその少年は、その鋭い視線をエージェントに向ける。アレルヤ自身は彼から視線を外すことはできなかった。視線と同じほどに鋭いその声色の奥に、弱々しい不安が聞こえた気がした。
「いや、君とアレルヤとは特性が違う。君たちは良い仲間になれると思ってね。だから、まだ訓練段階の君たちだけれど、紹介しておこうと思ったんだ。余計なお節介だったかな」
「そう」
 ロックオンは頷いて、それからアレルヤをもう一度見る。値踏みするように。
 アレルヤは、ロックオンから彼の大切なもの──きっと彼の機体の名であろうそれを、奪い取ろうと思ったわけではなかった。此処に連れてこられたのも、エージェントの勝手な親切心に過ぎない。それを嫌悪するわけではなかったが、それでもロックオンを安心させるように、少し笑ってみせた。
 そのとき。
──あ。
 彼の瞳が、まるでレチクルの刻まれた照準器のように、アレルヤとの距離を測っていたそれが、不意に色合いを変えたように思ったのだ。ただの硝子玉が、感情を映す鏡になる。意志をもった、血の通った、ひとのものに。
 顔つきも変わった。表情を変えず、僅かに見えたのは苛立ちだけだったその白い肌に、熱が灯ったように思った。そうしてロックオンは、笑った。
 嬉しそうに。新しい友人を迎えることができたのを、心の底から喜ぶようにして。幼い造作の顔立ちが、余計にきれいに見えた。その表情に、腹の底が震えるのがわかった。
──ちがう。
 ロックオンは壁を支えにして立ちあがる。そのときはじめてロックオンが自分といくらかしか背丈が変わらないことにも気が付いた。
「ロックオン・ストラトスだ」
 そう言って、ロックオンはジーンズで手を払うと拡げて差し出してきた。戯けた仕草。
──ちがう。
 これは、嘘だとアレルヤは思った。
 このかれは嘘だと思った。彼の奥には、その熱を取り戻した肌の内側、深い深いところまで、彼を覆っていた苛立ちは沈んでしまった。きっとそれが彼の本質であったのに。それをかれはしまい込むことに決めたのだ。
 きっと、アレルヤのせいで。
「アレルヤです。アレルヤ・ハプティズム」
 だから、アレルヤも決めた。
 どちらがにせものかなど知らない。それ以前の彼が自分でこの顔が嘘だなんていうのならばそんな酷いことはない。アレルヤにとっても、ロックオンにとっても。
 だからかれを護ろうと決めた。今ロックオンが──ロックオンではなかっただれかが、何を喪って代わりに何をアレルヤに認めたのかわからなかったけれども、その喪失を二度と彼の前で繰り返してはいけないと思った。だから、彼を護ろうと決めた。強くなろうと、決めた。
 この顔が嘘だなんて嘘だと、そう決めた。
「よろしくな」
「ええ──お互い、頑張りましょう」
 そう言ってアレルヤは笑った。そう言って強く握り返した、自分よりも大きな掌に誓った。




ネタが割れる前にやっておけ企画。
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