ギプソフィラ
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「例えばお前はこの花の名前を知ってるかもしんねぇけど」
そういってロックオンは花束の中に入っていた小さな白い花を指さしてにやりと笑った。
花束は赤い派手な花といくらかひそやかな淡い色の花と、それから白い泡雪のような小さな花で構成されているもので、確かにその総てを指さして、ティエリアは名前を言うことができる。しかしそれを始める前に、遮るようにしてロックオンは言った。
「この花が食えるってのは知らねぇだろう」
確かにティエリアはそんな知識を持ってはいなかった。しかし、ロックオンがこういう顔つきで何か言いたそうにするときは、大概がわけのわからない、自分だけが満足するような、どうしようもないことを言うときだということはわかっていたので、特に何も言わずに眉だけ顰めてみせる。
「そうなの?」
意外そうな声を上げたのは横でテーブルに皿を並べていたアレルヤで、ほら見ろ、食いつく人間が現れたのをいいことに、ロックオンはにんまりと相好を崩す。
「食える。ダチの飼い猫が食ってた」
「──猫?」
「安い花束買うとこれ大量に入ってるだろ。花瓶に生けとくとさ、その穂先ばっか狙って食うんだよ。お陰で半日と飾らんうちに枝ばっかになっちまう」
「随分と物好きな猫ですね」
「だろ?」
その様を思い出したのか、くすくすとロックオンは小さく笑い声を上げる。
「で、よっぽど美味いんだろうって思って」
「食べた、と?」
「食いではなかったな」
笑いながら頷いたロックオンに、ティエリアはついに耐えきれず深く長い溜息を吐いた。これをこそこの男は待っているのだと、最近ではしっかりわかっているのに、どうしても止めることができない。
「──何の意味があるんですか、それに」
「ぶっちゃけ言うと何も無い」
案の定、そのにやにやとした笑みは余計に大きくなって、引っかかった自分を嬉しそうに見下ろす。
「だけどお前はそういうの、知らなそうだからさ。覚えとくといいぜ」
「何を、」
「物事を一面だけで受け取ってはいけません?」
そう言って半疑問の形に語尾を上げると、ロックオンは大仰に肩を竦めてみせた。その語調に腹が立って、ティエリアは自分でも視線が鋭くなったのを自覚する。
「必要以上の知識だと思えますが」
「確かに不可欠じゃあねぇな。でも、それでお前は知ったわけよ、この花は食いもんだ、少なくとも俺のダチの、ダチだったやつの、今は何してるか知らんけど、そいつのまだ生きてるかも知らんけど飼ってた猫にとっては」
そう言ってロックオンは言葉を切って、くるりと振り返る。其処には何の気配もさせず足音も立てずに、刹那が水差しを抱えて歩いてきたところで、何を訴えられたわけでもないのにそれを軽い手つきで取り上げると向きを変えてテーブルに置く。道の途中で荷を奪われた刹那は、何を言うでもなくただ少しだけ不満げにロックオンを見上げてから、また来た方へと引き返した。
ティエリアに向き直ったロックオンは、妙に得意げに笑ってみせる。
「そうやってお前は色々知るわけ。俺はこういうくだらないイベントが好きで、迷惑そうにしてる連中をまきこむのが好き。アレルヤは巻き込まれるのが好き。刹那は、巻き込まれるフリをしてくれるのを俺が好きなのを知ってる。焼きたてのパンはマーケットで売ってるのより時々美味いが失敗すると残念だ。そういうわけで今日のランチは多少残念だ。お前はそういうのを知ったわけよ」
ティエリアはそれを見上げて、もうひとつ溜息をついた。
「余計なことだ」
「そいつは否定しねぇ」
あっさりとロックオンは頷いてみせる。
「でもそういうの増やしてくのはなかなか愉快だろ?」
「余計なことだ、」
「って、お前は思うかもしれんが、少なくとそいつを理解するのには足しになる。どうしても要らんってなら忘れちまっても構わんようなことだけど、でもたまに思い出すとちょっとそいつの輪郭を明確にするのに役に立つ」
「例えば貴方を?」
そういってティエリアはロックオンを見上げる。ロックオンは笑い顔のまま、首を傾げてみせた。
「食用にもならない、嗜好品とするにも不足だろう、獣が食べていたからと安心して害となるかもしれないものを口にするような間の抜けた男だと。そう理解するには充分足りました」
「的確だ」
いかにも愉快そうに笑って頷いたロックオンが用事は済んだとばかりに身を翻したので、ティエリアは短く彼のコードネームを呼んだ。
「ロックオン」
「何。俺、今メインディッシュの途中だったんだけど」
「今俺の知りたいことはひとつだけです。この花束はどうしたらいい」
「暫く持っててくれ。お前、花持ってるの似合うよ。そいつもついでに知っとくといい」
そういって笑うとロックオンはあっさりと向きをかえて、キッチンへ向かう。いつもならばパンのやける香ばしい匂いが漂ってくるタイミングだが、確かにそれは今日は足りない。これを不足だと感じるのを、残念だというのならばティエリアはこの苛立ちをまとめてロックオンにぶつけるべきだなと判断した。
まだ無人のダイニングテーブルに腰掛けて、ティエリアは苛立たしげに手の中の花束を見下ろす。ああ、腹の立つ。この白い花を総て食い散らかしてやったら、あの男はまたあんなふうに愉快そうに笑うのだろうか?
土曜日はランチの約束・エクストラ。と言わないと伝わらないし言っても伝わらない。
そしてリクのお題にはとても……全然……ですが……つきあってあげてる、甘やかしてる、いい目をみている、みたいな拡大解釈をしてくださるとなんとかなるような気がしますが、拡大解釈って言ってる辺り既に敗北宣言。