ラナウェイソング(Pt. 5)









 ロックオンは機関銃を構えていた軍服の男を振り返り様に撃ち抜いた。後ろに目でもついているのではないかという彼の手並みに、アレルヤは今更ながら感嘆の声を上げる。
「流石だ、ロックオン・ストラトス」
「ッたりまえだろが」
 褒めた筈がその言葉に顔を顰めた男は、穴の空いた軍服を着たアレルヤの尻を底の厚いブーツで蹴りつけた。穴を空けたのはアレルヤではなくロックオンである。暗がりでなければそこかしこに飛んでいる染みの洗い損ねたあとが、返り血の飛び散ったものではないことなどすぐにわかるだろう。若干袖が短かったり胴回りが広すぎたり、しっくりこない部分は他にも幾らでもあったのだが、何しろ調達している暇がなかったのだ。仕方がない。
 まだぶつくさと文句をつけている男は、つけながらももう1人撃ち倒していた。アレルヤもそこまで狙撃の成績は悪くないのだが、彼を見ていると悪い悪くないなどと言っている場合ではないと思う。目を瞑っていたって当たるんじゃないですか、そう冗談めかして言ったクリスティナに、ロックオンは不思議そうな顔をして言ったことがある。見えるもんしか当たんねぇよ。
 アレルヤはそれに言い添えたものだった。見えるものは全部当たるけどね。ロックオンはそれを否定も肯定もせずに、愉快そうに笑ってみせた。
「お前はすぐそうやって俺のことを褒めるけどさ」
 そう言って手頃な瓦礫を休憩場所と決めたのだろう。ひょいと頭を引っ込めて頭上を掠めた銃弾に首を竦めてから、ロックオンは作業を続けるアレルヤに言った。
「当たり前のことしてるだけだろ。俺も、お前もそうだし、他のどいつもこいつも。できなくなったら終わりだし、できて当然、って話だっつの」
「挨拶みたいなものですよ」
 応戦をロックオンに任せて自分の仕事に専念していたアレルヤは、ちょっとだけ彼に振り返って笑ってみせた。アレルヤの仕事というのは、瓦礫をひっくり返したり、倒木の下を覗き込んだり、歪んだ扉を力任せに無理矢理開けたりすることで、その都度短い名前を連呼するのは2人の共同作業だった。
「だってロックオンだって、僕がうまいことやったら褒めてくれるでしょう?」
「そりゃあそうだけど、」
「あなたがやめないなら、それに甘んじてください。それか代わって」
「やだ」
 きっぱりと言い切ったロックオンは、一瞬銃声の止んだ瞬間に瓦礫から身を乗り出して3回撃った。それで銃声が完全に止む。その短い間にどれだけのものが視認できるのか、アレルヤにはよくわからない。よくわからないがとりあえずそれは代われない。
「流石です」
「どうも」
 今度こそロックオンは片手を挙げてそれに応じてみせて、アレルヤはにっこり笑って作業を再開する。とりあえずアレルヤには軽々という程度のサイズでも、倒れたコンクリートの壁を素手で持ち上げるのはロックオンにはできない。
「本当に居んのかね?」
「さあ?」
「もうとっくに逃げてんじゃないか?」
「それで彼らに始末されていたとしたら、僕たちは完璧に無駄骨ですね」
 笑いながら言ってみせれば、ロックオンはやれやれと溜息をついた。
「面白がってるだろ、お前」
「そう思いますか?」
 アレルヤはトタンを放り投げて首を傾げてみせる。ロックオンは頭を振って、銃をまっすぐ無人の通路に向けた。人影が走り出るのと彼が撃鉄を引くのは同時。
「──本当は、いつどこに何が現れるのか知ってるんでしょう?」
「知ってたらこんな仕事してねえって」
「それもそうですね、と」
「ん?」
 アレルヤが放り出したトタンの横、柱の倒れた隙間にできた空間で、何かがちらりと動いたのを見た気がして、アレルヤはかがみこんで其処に手を伸ばす。ロックオンが立ちあがって横から覗き込んできた。
 触れる、熱。
「──見つけたよ」
 指先に引っかかる、その熱に指を絡めて引っ張って。
 そうして引きずり出したのは、すっかり灰色に薄汚れてしまったけれども、
「にゃあ。」
 上品そうな声を上げる長毛の猫。
「苦労させた割に間抜けな声上げんじゃねーよ、おい」
「エージェントの飼い猫ですからね。肝も据わっているんでしょう」
 抱き上げた猫を抱えてみればどっしりと重く、いかにも度胸のありそうな丸い目がアレルヤを見返してくる。
 この国に潜伏していたエージェントの、連れだし損ねた大事な相棒。最初はもう諦めていたのだが、王留美の売り込むガンダム・マイスターの有能ぶりに興味を示し、それならば、ともちかけてきたらしい。内戦の始まった首都の中心部から、猫をいっぴき連れ出してくれないか?
 ロックオンはアレルヤからその猫を抱き上げると、その鼻先に顔を近づける。やや肥満気味と見える猫は一瞬迷惑そうに顔をしかめたものの、命の恩人と認めたのかロックオンの鼻をぺろりと舐めた。面食らったように目をしばたたかせたロックオンは、くしゃりと柔らかく笑う。
「生きててよかったなァ、おまえ」
 その表情が刹那やティエリアや、或いはときにアレルヤ自身にむけるものと、同質であるように思ってアレルヤは少し笑った。そうして彼からそのやわらかなからだを取り上げる。
「じゃあ、お姫様も見つけ出したことだし」
「え」
 そういって本格的に猫を抱きかかえたアレルヤに、表情をひくつかせてロックオンは声を上げる。
「また俺ばっかり?」
「僕は彼女を丁重にお連れしなければいけませんし」
 それとも、と猫を抱き上げてみせる。扁平な腹。汚れてあちこち絡まった長い毛。大猫、と表現するに十分なその体躯を示してみせて、首を傾げた。
「代わって」
「やだ」
 猫は、長く尾を伸ばすようにして鳴いた。ようやく自分を救いに来た、多少間の抜けたナイトどもを小馬鹿にするような調子で。
 ロックオンとアレルヤは目を合わせて、く、と2人同時に笑う。
「──怒られましたね」
「──だな。仕方ねえ、血路を開きますか」
「ちょっとは手伝いますよ」
「当然」
 そういって2人の騎士は硝煙の臭いのするほうへ駆け出した。けむくじゃらのお姫様を抱えて、金属の白馬が待つ方へ。




シャルウィーランナウェーイ。
ねこ、もうちょっといきものっぽい描写ができるようになりなさい。>わたし