テリトリズム









 刹那・F・セイエイはガンダムのコックピットに寝転がっていた。
 どうも昼から姿を見ないと思えば。ロックオンはハッチに手をかけてそう考えて、つくづくと体を丸めて眠る小柄な体躯の少年を見分した。その寝息に荒いところはないし、別段不審なところも見あたらない。ただ一点を除いて、何も妙なものを見つけることはできなかった。
 その一点。刹那が丸くなっているのが、ガンダム=デュナメスのコックピットであるという事実を除けば。
「──すいません、間違えました」
 その硬質な寝顔を見下ろして、ロックオンは思わず呟く。
「って、わけじゃねェよなあ?」
 見回す必要も無いくらいにこれは間違いなくデュナメスの機体の筈で、外面だけでなくその内部の配置であるとか、些細な空気であるとか、刹那が『溺愛』と評しても構わないくらいに傍にいるガンダム=エクシアとは全く別のものであるはずだった。少なくとも刹那がそれを間違うわけがない。
 ロックオンの呟きを聞き取ったか、それともとうに気配を察していたのだろうか。刹那の目蓋がひくりと動き、薄く開いてその間隙から赤錆の色をした眸がのぞいてロックオンを認めた。胡散臭い不法侵入者でも見るような目付きで。逆だが。
「……なんだ、」
「や、それ言いたいのは俺だろがよ」
 ハッチに手をかけたままでロックオンは深々と溜息をついた。暫くそれを半眼で見上げていた刹那は、気が済んだのかぐぐっと猫のようなのびをする。
「何してたんだよ」
 諦めてそう聞いたロックオンに、刹那は何を訊くのだとばかりに胡散臭そうに見て、答える。
「寝ていた」
「……だろォよ、あーそうでしょうよ」
「ハッチが開いていたから入っただけだ。何も触っていない」
 当たり前のようにそう言いきって、刹那はぐいと首を巡らせる。何か触っていたらそりゃあ大事だ。ガンダムはその機密性を保つために、正しい手順を追って認証された、正しい搭乗者しかその挙動を任せるのを了承しない。それは機体の違うガンダム・マイスターですら簡単に認めはしない。
 まるでスイッチとみれば何でも押してみる子供のように、無造作に操作盤に触れば警告音は響くわヴェーダからトレミーから関係者各位に異常が通達されるわ、下手をすればそのまま機体ごと爆発、なんていうオチまでつきかねない。流石に扱いがわかっているマイスターであれば、そこまでの失策は犯さないだろうが。
 つまり刹那は、そんな警告ラインには一切触らず、細心の注意を払って、それこそ猫が部屋の中へ知らぬうちに入っているようにして、ひそやかにロックオンの裡へと忍び込んだということだ。そのわけのわからない努力には心底頭が下がる。下がるが。
「じゃあ何してたの、お前」
「もう言っただろう」
 寝ていた。ああ、そうだろうよ。
「──お前が寝相の悪い子じゃなくてよかったよ。ほれ、どいたどいた」
 ロックオンは半身を引いて、刹那が外へ出やすいように空間をあけてやる。文句でもつけるかと思えば案外あっさりと刹那はシートから立ちあがり、軽く頭を下げてハッチを潜り抜けて、無重力の空間に飛び出した。その背中を眼で追って、ロックオンは溜息をつく。いや、別に何をされたわけでもないのだが、彼の自由さとその説明不足には流石に時々頭が痛くなる。
 入れ替わりにハッチを潜ってシートに身を納めれば、普段通りのデュナメスのコックピットで何も変わるわけがないのに、何か妙な雰囲気が残っているような、空気の匂いが違うみたいな違和感が、ほんの少しだけ残っていて、ロックオンはやけに落ち着かないような気持ちになった。何か違っているものはないか、変わるわけのない操作系統への距離感、メカニカルな色彩、シートに落ちる影のかたち、そんなものを神経質に見回してみても、本当に何も変わらないのに何か違うような気がする。
 自分はどうやら、他人をからかえない程度には縄張り意識が強かったらしい。居心地の悪さをごまかすように顎をちょっとだけ掻いてみて、それでロックオンは気を取り直す。とにかく照準の再チェックだけは今日中にやってしまわないといけない。こればかりは他人には、カレルは勿論イアンにすら任せてしまうことはできない。あくまでもロックオンの感覚と合わせなければ、意味のないことだから。
 そう考えながらまだ意識の隅にひっかかっている違和感を無視するふりをして、ロックオンはスコープを下ろそうと顔を上げ、ハッチに引っかかったままでいた刹那と思いっきり眼があって反射的に叫んだ。
「って何してんのお前!」
「邪魔をしたか」
「すっげ! すっげぇ邪魔!」
「そうか」
 1つ頷いた刹那は何か妙に満足げな表情をして、再びハッチを突き放すとふわんと今度こそデュナメスを離れる。その背中がコンテナの端まで惰性で漂ってゆくのを呆気にとられたように見送っていたロックオンは、頭をがしがしと掻くとスコープを再び押し上げてコックピットシートから立ちあがる。
 駄目だ。今日は無理だ。
「──こうなったらエクシアの中で不貞寝してやる」
 そう、聞く者のないコックピットで宣言すると、ロックオンも刹那の背を追うようにしてデュナメスを飛び出した。




もうリクが一体何だったのやらすら。