鐘はさよならと言った









 半歩先を歩いていた男は唐突に足を止めると暫く一方向を見据えて黙り込んだ。それに訝しんだ刹那が視線を追うか事態の意味を問うか、どちらかアクションを起こそうか決めかねるうちに振り返って笑う。
「ちょっとだけ待てるか?」
「……」
「ミッションプランを変える気は無えって。ちょっと寄り道したいんだよ」
「寄り道?」
 そう、と言ってロックオンは眼を細める。
「日曜日は教会に行く日」



 そう言われたので、仕方なく刹那はそのベンチに座っている。
 その建造物は駅前の広場の中心にあって、その鋭角的な影を朝日を受けて落としていた。何処へいってもこの宗教の集合場所はこういう形だと、無感動にそれを見上げて刹那は思う。
 朝と昼の間の街は静かで、時折遠く歓声が聞こえて振り返っても其処には既に人影はなく、置き去りにされたような妙な不安感を刹那に抱かせる。世界が無人だなんて嘯くつもりは毛頭無いが。何しろふたつ空席を挟んで向こうのベンチで老人が眠っている。その向こうの大通りをサラリーマンがせかせかと歩いている。
 ただ、静かだ。
 何か暇潰しできるようなものを持っていればよかったのに、通信端末すら持っていなかった。今朝の新聞は殆ど宿泊先で読んでしまっていたし、すぐ戻ると言われたのに離れるのもどうかと思う。
 ロックオンが唐突に言うまで、今日が日曜日だということも忘れていた。
 というよりも、曜日の感覚など殆どあってないようなもので、毎日ミッションか、それに関わる準備か、それまで待機する時間か、そうやって日付が過ぎてゆくから週や曜日の名前で区切る必要を感じない。そういわれれば昨日が土曜日だったことは確かだから日曜日だということは間違いはないのだろう。その程度のことである。
 ロックオンがそんなことを言うのは初めてだったと思う。
 ふとそう気付く。曜日感覚が無いのは確かだが、日曜日に外に出るというのは別に初めてのことではない筈だ。この時間に、というのもあったように思う。ソレスタル・ビーイングの活動が始まってからかなり経っているし、地上でのミッションは自分たちが組んで動くことが多い。
 しかし、とりたてて日曜日だからと、ロックオンが単独で何処かに行った覚えが無い。
 行かなければならない、とか、そんな焦りをみせたようにも思えない。確かに自分は他のマイスターたちとくらべて幾らか年少ではあるが、それにしたって常に眼を光らせておかなくてはならないというほどに幼いつもりではない筈だ。事実ロックオンは勝手に出歩いて買い物をしたりして帰ってくるし、むしろ刹那には世間を見た方がいい、だなんて言って外へ追い出そうとするのも忘れない。
 静かな街。音の無い街。
 あの男は言い訳が巧い。そう刹那は考えながら立ちあがる。
 本当は、日曜日ではないのだろう。
 その理由は日付かもしれない。時間かもしれない。何かもっと他のファクタ、この街の名前だとか、宿泊したホテルの名前とか、すれ違った誰かの話し声、ニュースキャスターのイニシアル──考えなくても簡単に思いつく幾つもの可能性。正解は知らない。理由は知らないし知りたくもない。
 あの男は言い訳が巧い。
 祈るための嘘なら幾らでも吐ける。
 広場をゆっくりと横断する。殆ど天空へ辿り着いた太陽を受けて陰は短く、太い。それに半分踏み込むように、半分踏み出すように、中途半端な位置で立っていた男の傍へ刹那は歩いていく。
 その途中で鐘が鳴る。ロックオンの肩が小さく揺れるのがわかった。それが終わりを告げるのか、何かの合図なのか。この宗教の習慣のわからない刹那には察しをつけることしかできなかったけれども、それがまるでロックオンを殴りつけたように思った。
 鐘の音の中であっても足音に気付かないわけがないとは思っていたが、案の定くるりと振り向いたロックオンは、困ったように笑って、言った。
「──靴紐が解けた」
 そう言って肩を竦めてみせるロックオンの足下を、刹那はちらりと見下ろす。
「解けた靴紐で入ってはいけないという規則があるのか」
「黒猫が横切った」
「見かけなかったな」
「またにするわ」
「そうか」
 ひとつ頷いて歩き出した刹那を、ロックオンが追ってくる足音がわかった。刹那は少し俯いて考える。今更祈りが何の役に立つだろう?──そしてきっとそれにロックオンも気付いている。
 気付いているのに祈ろうとする。彼は言い訳が巧いから。




えーと、ですね。
まずリクエストしていただいた方にごめんなさい(平伏)。
筋を概ね書いてあったリクエストだったので、そのまんまだとなんだか芸が無いというか(芸はいらん)、ひねくれものなので、ついずらそうずらそうと考えているうちに全然違うものに。
リクエストは、家族のいたときの習慣で食事のときに祈ったりすることにつっこまれる、ということでした……。