土曜日にはランチの約束









 人の気配に振り返ると、デュナメスのパイロットは用もないのにコクピットルームに入ってきたところだった。普段フェルトの座っている席を覗き込んで、そこにひょいと座る。
「怒られるぜ」
 ラッセがそう言うのに視線をちらりと向けて、にやりと笑ってみせる。
「飯食ってたから声かけてきた。暇だからお前んとこ居ていいかっつったら、チェックしといてくれるなら、だとよ」
「パイロットはミッション時以外は休息ってのがうちのルールだろうが」
「これも一種の休息だろ。普段使ってる部分以外を使ってさ」
「それでいいなら、いいけどよ」
 自然漏れた声は呆れたようなものになっており、それにロックオンは笑って肩を竦めてみせる。
「やっぱ宇宙に慣れてないんだよ、俺は」
「地上のミッションの方が多いからか」
「それもあるけどな──やっぱ駄目だわ、木とか土とか、そういうもんが無いと」
 背もたれに体重をかけて、ロックオンは背伸びをする。閉じた薄い目蓋には疲労の色が見えた。これでも疲れることはあるのか、とラッセは当たり前のことを思う。ガンダムだとか、サポートメンバーだとか、そういうのは関係ない。自分たちに太陽炉は積まれていないし、ホームシックまで持ち合わせている。
「ラッセ」
 そんなことを考えながらその横顔を見ていたラッセは、不意に名前を呼ばれて顎を引いた。ロックオンは相変わらず眼を閉じたままで、自分が宇宙に居ることを拒んでいるようにも見えた。
「お前の昼食シフトってあとどんだけ後?」
「俺の?」
「リヒテンダールと交代だって聞いたから」
「ああ──あと30分後ってとこだな。だがあいつ徹夜が続いてたから寝てくるだろうし、少し押すだろ」
「うん、フェルトに聞いた」
 そう言って姿勢を戻したロックオンは、フェルトのコンソールを少し躊躇いがちに操作しはじめた。席の主の言いつけ通り、プトレマイオスの機体チェックをはじめたのだろう。それは代役ができる程度に単純な作業ではあったが、その指捌きがフェルトやクリスティナがこなすのに比べればあんまりにもおっかなびっくりにしか見えない。
 普段何でも簡単にこなしてしまう年下の友人の有様が妙にほほえましくも見えたのだが、それよりもラッセは奇妙に思えることがあった。
「ロックオン」
「ん」
「なら俺のシフトも知ってたんだろう。何でそんなことを訊く?」
「ああ、それ、な。ええと」
 ひとつひとつの挙動のたびに眉間の皺の増える男は、振り返ってラッセを生真面目な表情で見る。
「ハロに任せたっつってもフェルトにばらさないか?」
「ハロがばらすと思うぜ」
「だろうな」
「まあ、ハロのほうが信頼されてるだろ」
「うっせー!」
 そこまで言われても仕事として与えられたモノは片付けるつもりなのだろう。視線を画面に戻して操作を続ける様子を見てラッセは自分の領分を片付けるべく前へ向き直る。その背中にロックオンは声をかけてきた。
「なぁラッセ」
「何だ」
「昼飯食おう、昼飯」
「──あんたのシフトじゃ一時間も前からじゃないのか。大体ならフェルトたちとでよかっただろ」
「それじゃいやなんだよ」
 どう聞いてもくだらない提案にしか聞こえないそれを、酷く真面目な口調で言う男に、ラッセは少し戸惑いながら振り返る。相変わらず眉を寄せて手を動かしている男の、その固さが作業に対する緊張からなのか、それともまた別のものなのかわからなかった。
「俺は昼飯食おうぜって言いたいの。それでそのあとせいぜい30分の時間をわくわくして過ごしたいんだよ、どんな飯だろうと──いや、トレミーの飯は旨いけどさ」
「飯はいらんとでも言いたそうだな」
「そうじゃねぇけど──ああでも、そうかも」
 そう言ってロックオンはとん、とキーを叩く。それでひとしきりは終わったらしく、何の異常も見つからなかったのを自分の手柄だとでも言いたげに満足な溜息をついた。
「実際そんだけで腹一杯なんだよ。そいつが自分を気にかけてると思うとゾクゾクする。何も気にしてないかもって思うとそわそわする。そうやって時間を待ってるのが」
「性悪だな、お前は」
 そう言ってラッセは苦笑した。
「さっきからお前の同僚どもがお前の所在を知りたがってるぜ。希望通り無視したおしてるが、そろそろあのおっかないティエリアが顔真っ赤にして上がってくるだろうよ」
「ゾクゾクしねぇ?」
「しねぇよ、変態」
 ははっと笑ってロックオンは、頷いた。
「変態かもな──で?」
 とん、と指でコンソールを叩いて鼻を鳴らしたラッセは、ひとつのキーを選んで叩くとマイクに向かって大声でがなる。
「とっとと起きて交代しろリヒテンダール! 腹が減って死にそうだろうが!」



 ぎゃあとかわあとか上がった悲鳴の返事をこれ以上聞かなくて済むようにマイクはとっとと切ってしまって、そうして眼を丸くしてこちらを見ている男に振り返ると、ラッセは軽く肩を竦めて見せた。
「ひとに背中見られて興奮してるのを待ってらんねぇよ、俺は」




実はリヒテンダール×ラッセがやりたいんです。