薄荷









  ハッチを開けてキュリオスから降りると、妙に楽しそうな顔をした男に手を振られた。
 自分のことを見てはいるけれど妙にそわそわとしていて注意力が散漫だ。ロックオンにしては珍しいその様子を不思議に思いながら、アレルヤは彼が腰掛けているコンテナまで歩いていった。その頃にはとうに両手をポケットにしまいこんでいたロックオンは視線を巡らせていて、それを追うように見渡せばその先には刹那が居た。
「僕が見ていないうちに告白でもされましたか?」
 ロックオンの傍らまでたどり着いて、エクシアの膝あたりの調子を見ている刹那を見る。振り返ったロックオンはきょとんとした顔をしていた。
「何だよ突然」
「あなたがそんなに嬉しそうなのはそのくらいしか見当がつかない」
「想像力貧困だぜアレルヤ」
 ロックオンは呆れたように溜め息をついてみせた。確かに刹那はいつもどおりで、別段変わった様子も見えなかった。ロックオンの浮かれる理由など見あたらない。彼の笑みが伝染している様子もなく、普段以上に仏頂面というわけでもない。ロックオンにからかわれると、あれでも見てわかる程度に苛立ちを見せるというのに。
「……降参です」
「諦め早ぇよ」
「まるで想像もつきませんよ」
「ならネタばらし……刹那ぁ!」
 えらく得意げにみえる顔で笑いながら、ロックオンは年若いガンダムマイスターを呼ぶ。
 相変わらず不機嫌そうな少年はその無感動な視線を巡らせて此方を見る。目があった、ちょうどそのタイミングでロックオンはポケットから取り出した何かを彼に放る。
「やるよ」
「もう要らない」
「いいからもらっとけって」
 そう言ってロックオンはまた両手をポケットにしまい、へらりと笑う。諦めたか刹那は視線を戻す。見慣れた光景。
「な」
「何がですか」
 得意げに見上げる男に顔をしかめてみせれば、ロックオンは声をあげてははっと笑った。
「これやったんだよ」
 そう言ってポケットから出した右のてのひらから、手品のようにころりと転がったのは薄いフィルムに包まれたキャンディ。
「これは?」
「俺んじゃないけどな、クリスティナからわけてもらった。要るか?」
「遠慮しときます。……でも、どうして?」
「刹那がさ、声嗄れてんじゃん」
 少し眉をしかめて言う表情に一瞬唖然としてからアレルヤは改めて刹那を見やる。扱いに困ったのか、何かをにぎっているてのひらをまるでそこに仇でもいるかのような真剣さで見下ろしていた刹那は、やがて覚悟を決めたのかその包装を剥がしはじめた。
「よく、わかりましたね」
 彼との会話など、せいぜいが先ほどの短い言葉のぶつけあいが限界の筈だ。たった2単語かそこらの、その何処に彼の不調がわかるというのだ。
 しかしロックオンは何でもないことのように、アレルヤを見上げて首を傾げた。
「わかんねぇ?」
「正直」
「そうかねぇ──あ、見てろよ」
 いかにも不思議そうに言ったロックオンは、続けてまるで道端で出し物でも見つけた子供のような浮かれた声を上げた。
 何がだ、と思いながら刹那を見たアレルヤは、そのおとを聞く。


「がり」


「──ッ、なっ!」
 は?、と思いながら見下ろせば、えらく愉快そうな顔でロックオンは刹那を指さす。
「すっげ、すぐ噛むんだよアイツ! すっげ『らしい』と思わん?」
「……はあ」
「それがもう、なんか面白くてさあ」
 目を細めてくつくつと笑いながら、ロックオンは刹那を見ている。刹那もロックオンのことを、射殺さんばかりの目付きで睨み付けていて、それをみるとどうもこのやりとりは今日の早くからはじまっていたことなのだろう。そうまでされて刹那が拒まないところをみれば、本当に彼の喉は余り具合が良くないのだ。アレルヤには、まったくわからないけれど。
 やれやれと軽く息を吐いて、アレルヤはまだ小さく笑っているロックオンを見やる。
「そんなの続けてると、ろくな目に合わないよ」
「何で?」
「ほらきた」
 そう言うのと、静かに近寄ってきていた刹那がロックオンの前に仁王立ちに立つのは同時だった。あ、と知らず年長二人の声は揃う。呆けたように開いたそのロックオンの口に、刹那はぱくりと音を立てるような勢いで食らいついた。
 今度の、あ、はアレルヤだけが言った。
 三秒ほどの酷く気の抜けた沈黙。それだけで満足したように、刹那はあっさりと体を剥がすとそのまますたすたとエクシアの方へ歩いていく。
 それを見送ってアレルヤはようやくロックオンを振り返った。彼は驚いたように目を見開いたままで、相変わらず口も開いていて。
「言ったじゃないですかだから」
「あえうや」
 嘆息したアレルヤのことをきっと呼んだのだろう、妙な響きで上がった声に見下ろせば、口をぱかりと開けてその中にあるものをロックオンは示す。
 舌の上にのこされた、水色のキャンディの欠片。
 見上げてくる眼は、なんだか取り残された子供のようで、余計に深く溜息が出てくる。
「──言ったじゃないですかだから」
「ひでぇ」




たぶんこういう話にしてほしかったんじゃないことはわかってます(タチ悪い)





「あなたは噛まないんですね」
「勿体ないだろだって」
「ごちそうさま」