あなたの知らない魔法
-
刹那が求めたのは何ということのない香辛料の名前で、だからこそロックオンは驚きを顕わにして低い位置にある少年の顔を見下ろした。
「──なんで?」
「使うから」
そりゃそうだ。
そう思いながら、ロックオンは軽く頭を掻いて、キッチンスペースの高い棚を探る。延々と保存食ばかりを食べているのもつまらないのでと買いそろえた食材はあるが、流石に男の料理でそうそう香辛料も使わない。そういうものは色々とつっこまれる他のものに押し込まれて、すっかり奥まで流れてしまい、なんとか手探りで探すしかない。
横で素直に待っている少年には手も届かないだろうなと、知られたら多分殴り飛ばされるだろうことを考えてちらりと見れば、不満げな視線が返ってきた。
「何だ」
「や、別に」
そう答えて捜索を再開する。何か更新料を使うような爆薬の作り方でもあったかしら、と頭の中をサーチしてみてもさっぱり思い当たる場所が無かった。咄嗟に思いついたのはカレーを詰めるとかそんなくだらない連想で、確かに攻撃力はありそうだが馬鹿馬鹿しくなって放棄する。
探していた小瓶はバナナとミルクパンとガンパウダーの缶を退けた裏側にあって、お、と手を伸ばしてそれを掴むと刹那の手に載せてやる。
「どうすんの、カルダモン」
「コーヒーに」
それだけ答えて刹那は身を翻し、アレルヤのコーヒーサーバを取り上げて勝手に紙コップに注ぐ。一応それを使うのは自由だということになっていたから問題は無いのだが、普段コーヒーを好んで飲まない相手の行動に興味を持って、ロックオンは棚に凭れて彼を視線で追いかけていた。
紙コップを満たす暗い色合いの水面を、刹那は暫く真剣に見下ろしていたが、やがて小瓶を握りしめていた手をそっと開くと、その上にそっと、振りかける。
魔法のように、厳かに。
その眼差しがあまりにも真剣なものだから、ロックオンは声をかける隙を失う。
刹那の顔に浮かんでいるのは、普段表情というものを碌に示さない少年が珍しく見せた真摯さで、それは彼が過去の何か、記憶の中に残っている誰かの手さばきを、思い返して辿っているものなのじゃないだろうかとロックオンは思った。そうでなければ、真一文字に結ばれた唇が、おそらく本人の意志に反して形作ろうとしている、その中途半端な曲線の意味を何というのか。
そこに存在しているものが、おとこか、おんなか、こどもか、おとなか──そんなものはまるで判らなかったけれど、それがロックオンの目の前に明確に形を為す前に刹那の振るう手は止まり、顔つきもいつもと同じ仏頂面に戻ってしまう。
だから──あまりにも真剣に刹那のことばかりを見ていたから、ロックオンは咄嗟に彼が目の前に移動してきて、手に取った紙コップを自分の目の前に差し出した時も、その意味が咄嗟に理解できなかった。
「……あ?」
「あんたのだ」
「あー……どうも」
2回ほど瞬きをしてからようやく受け取れば、何か不満げに此方を見上げたあとくるりと身を翻した刹那は、そのまますたすたと部屋を出て行く。まるで冗談か何かのように、コーヒーとロックオンだけが取り残される。
薄っぺらな紙コップから伝わってくる温度が無かったら夢かと思っただろう。それすら少し疑いながら、ロックオンはまだ少しぽかんとした表情のままそれを持ち上げて口をつけた。
温度と知らない香りの組み合わせに少し怯みながら、ほんのちょっとだけを舐めて。
「……くく」
気が付いたら口端が笑っていて、ロックオンはずるずると棚から滑って床に座りこんだ。彼が遠い記憶の向こうで見ていた誰かも、今の自分のように笑っていたのだろうかと、そんなことを考えたら涙まで出てきた。
「刹那がロク兄さんになにか作ってみる」のお題です。
なにか、のイメージがどうしてもジャンク人間の刹那では出てこなくて、これに頼りました。本当は砂糖とかシナモンとか入れなよ!って書いてあってもっと美味しそうでした。クリームとかも添えなよ!
あとは刹那の過去がちゃんと出てくるまえにやらかしとけ、も含んでます(わー)。