ひとしずく









『アレルヤ! アレルヤ!』
 不意にかけられた声に視線を下ろすと、その独特な合成電子音声はやはりハロのもので、アレルヤはしゃがみこんで彼の上部カバーにそっと触れてみる。
「やあ、ハロ。どうしたの?」
『アレルヤ、ミツケタ! アレルヤ! アレルヤ!』
 繰り返してそう連呼するハロは、要件も言わずにそのままころころと転がって、部屋を出ていってしまった。きょとんとそれを見送って、アレルヤは冷たい感触の残る指先をそっとこすりあわせてみる。
 ハロという、いきものめいたそれに対して、アレルヤはそれなりに愛着をもっている。ロックオンが抱いている感情よりは、多少薄いかもしれないが、それなりの好意を向けているつもりだった。少なくともティエリアや刹那よりは。
「……ん?」
 何とはなしにドアの方を見ていたアレルヤは、そちらからまたハロの転がって移動する音と、それに加えてばたばたと妙に騒々しい足音の、近づいてくるのに気がついた。接近してきているなと思いながら待てば、ドアを開けて入ってきたのは先ほど出ていったハロと、それに押し込まれるようにして、
「いって、てめ、なんだよハロ!」
「……ロックオン?」
『アレルヤ! ロックオン、アレルヤ! アレルヤ!』
 ハロは音声回路が壊れてしまったんじゃないだろうかと心配したくなるほど連呼しながら三度ほど飛び跳ねて、満足げにころころと転がって出ていく。呆然と見送るふたりの視線を受けてドアは音を立てて閉まり、室内にはアレルヤと、臑あたりを痛そうに抑えるロックオンが残された。
「……ってぇ、なんだよあいつ、思いっきりぶつかってきやがって」
「大丈夫ですか?」
「痣んなってそうだけどな……で?」
 そう言ってロックオンは今更のようにアレルヤを見る。
「何か用事?」
「……え?」
 アレルヤは目をしばたたいてロックオンを見返す。何の冗談を言っているふうでもなかった。ただ、同じように不思議そうに、アレルヤを見てまばたきをする。
「ロックオンの方こそ、僕に用事だったんだと……ハロに僕を探させてたんじゃないんですか?」
「はぁ? 俺はハロにつつかれて来ただけだぜ?」
「僕だってハロが僕を呼んでただけで……」
「どっかネジがふっとんだかなあ」
 ロックオンは訝しげな表情で、すでに彼の居なくなったドアあたりを見て首を傾げる。その横顔を見て、アレルヤは静かに声をかけた。
「何かしてたんですか?」
「今か? やー…、ぼーっと」
「それならコーヒーでも飲みませんか?」
 きょとんとした顔のままの年長の男は、アレルヤが立ち上がって彼の趣味で持ち込んだコーヒーサーバから紙コップふたつぶんを注ぐのを呆けたように見ていたが、それをテーブルに置いて、ロックオン、と名前を呼んでようやくテーブルについた。悪ぃ、と言ってまだ不思議そうにしている、その様子にアレルヤは少し笑って訊く。
「疲れてますか?」
「あー、疲れて、ってほどじゃないけど」
 そう答えたロックオンは、軽く肩を回してみせた。
「まあ、ちょこっとな」
「大変ですね、子守りばっかりで」
「お前が言うかぁ?」
 冗談めかしてそう言って、コーヒーをちびちびと舐める。
「ウィスキー入れちゃ駄目?」
「駄目です」
「ケチ」
「いつミッションが入るかわからないでしょう、今は」
「……まぁね」
 あ。と思う。
 さっきの顔と同じになった。少しだけ緩んでいた彼の表情が、少しだけ冷たさを含んだものに変わる。ハロを見送っていた時に一瞬だけ見えた、降り出す直前の嵐の雲を思わせるような、憂いを含んだ碧の目玉。
「──少しだけなら」
 そう言ってアレルヤはもう一度席を立つ。ロックオンが完全に顔を上げるよりはやく、掴んだスコッチウィスキーの瓶を傾けてその紙コップに注いでみせた。一滴。
「……ケチ!」
「ハロみたいですよ、今の」
「ていうか何でそんなすぐ出てくんだよ──しかもすぐしまうか!」
 棚の一番上の棚にひょいと戻して振り返ったアレルヤは、飛びつきそうになっている大人げない年長者がもう半笑いになっているのを見て少しだけほっとした。
「僕には普段要らないからですよ。だから手の届くところにあっても困らない。これ以上は流石に駄目です」
「だったら全部くれよ」
「駄目です」
「何でだよ、ケチ」
 ロックオンは子供じみた文句を言いながらさっきよりも大切そうにちびちびと舐める。
 だって、と答える言葉は持っていたけれど、アレルヤはそれを口には出さなかった。甘やかすための飴玉は、すぐ出せなきゃ意味がないでしょう?



「──まったく」
 そう言ってテーブルにつっぷした男の背中にジャケットをかけてやりながら、その足下に転がってきた彼の相棒にアレルヤは目配せをしてみせる。
「思う通りにならないものだ。そう思わないかい?」
 かれは、眠る相棒を起こさないようにということか、目を数回明滅させるだけで答を音声で返さなかった。



「きみはよいこのアレルヤバージョン(とティエリア)を読みたい」と追記にくださった方がいらっしゃったのでそれも足してしまうイメージでまとめました(すいません)。ハロにできること・できないこと、がテーマです。
うちのハロはあんまり、ラブというか、ラブという以前に、ひとではないものとして書きたいので、というか書く分にはそういうようにしか書けないタチなので、こういうのになりました。気に入って頂ければ幸いです。