フェイクスター









「こういうの初めて?」
「ええ、実は」
 アレルヤは照れたように笑う。それを見上げてロックオンも柔らかく笑った。
「心配すんなよ、怖くねぇから」
「怖いものなんですか?」
「どうだろ? 俺は好き」
 そう言って、ゆったりとした歩調で階段になっているベンチを降りていき、適当な高さで座る。円形のホールはすり鉢状に段をつくっていて、その一番下でイアンが操作しているのが見えた。
 アレルヤもロックオンに倣って、彼の一段上のベンチに腰掛けた。丁度斜め後ろの位置になる。同じ高さに並んでもよかったけれど、何となくそれは気が引けた。
「僕らにとっては見慣れたものじゃないですか、でも」
「そうか?」
 ロックオンは少し首を傾げて暫く考えていたが、しかし緩く首を振って笑った。
「全然違うよ。お前、初めてだっつったろう?」
「うん」
「だからさ」
 くすくすとロックオンは笑う。
「だから好きなの、俺は」
 そう言って、ロックオンはこちらを仰ぎ見るように振り返る。さらさらと髪が頬をなぞって零れる。
「そういうもんもあるよ」
「──でも、」
「はじめるぞー」
 訝しげに続けようとしたアレルヤを引き留めるように、部屋の底からイアンが声を張り上げる。おー、とロックオンは大声で返事をして手を振った。
 がちゃん、と重い音が響いて、照明が落ちる。
 怖くはないな、としかし反射的に非常灯までの距離を確認しながら、アレルヤは考えた。
 怖くはない。
 うわん、と空気が動く。


 ひかる。


「──わあ」
 ホールの天井、半球状のそこに、光が映る。
 原理は簡単だ。中央の機械のスリットから、細く強い光が真っ直ぐに伸びて天井を刺す。幾つも。幾つも。
 数え切れないほどのひかりが天井を穿って、空を描く。
 プラネタリウム。
 金持ちの道楽か、王家の別荘のひとつにそれはあった。旧式で殆ど動かなかったのを、この一週間イアンが弄って修理したのだ(留美はそれこそ道楽ですわと笑ったものだったが)。
「──な?」
 振り返ってロックオンが笑う。白い肌が光の反射するのに浮かんで、蒼く見えた。真夜中の部屋の、カーテンの隙間からさしこんでくるひかりに照らされた、輪郭のようだった。
「知らないだろ、こういうの」
 その擽ってくるような笑みにしばし眼を奪われていたアレルヤは、声に押されるようにして天を仰いだ。距離感が喪われた空は、確かに知らない空だった。
 どんなに空気の澄んだ夜でも、見えない星が見える。
 闇の隙間を埋めてもまだ足りぬというように、競い合うように光は踊る。密に集まり、疎に拡散し、爆発するように散って、しかしそれは確かに其処に在り続ける。
 そうしてゆったりと、回転する。
 眼に見てわかる速度の天の運行。アレルヤは足元が揺れるような不安定な気持ちになる。
「確かに、知らないや」
 星は揺れて、ロックオンは笑う。
 時々演出過剰に降ってくる流れ星の、その素っ頓狂な軌道に彼を思う。
「あの島とかさ、宇宙で見る星も好きだけどね、俺は」
 素っ頓狂な男は背中をだらしなく倒してアレルヤの座っている高さのベンチに後頭部をこんと押し付けると、見下ろしたアレルヤににやりと笑ってみせた。
「こういうイージィで派手なのも好きだな。」
「──そうですね」
 にせものの夜を見上げてアレルヤは呟く。そうして彼の白い額に手を伸ばして、其処にかかった髪を梳いた。
 流れ星が落ちる。見上げた男は嬉しそうに笑う。
 その声にアレルヤは天を見上げる。光の線が星座をなぞっていた。おー北斗七星、とロックオンは言う。
 少なくともこの空の下にだけは争いは無い。