はちめんろっぴ
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「悪いな荷物持たせて」
「平気ですよ、むしろそのためにつれて来たんでしょう?」
「正直言うとな」
悪戯のばれた子供のように、身を縮めてみせたロックオンに、アレルヤはくすりと笑う。そんなことをしても自分たちの体躯では、大して効果があるようにも思えない。
宇宙からなかなか降りる機会のないトレミーのクルーたちから、地上に降りるたびに買い出しを頼まれるのにも慣れたもので、体の良い断り方も覚えた。女性陣の要求する物資というのはやはり男の身では入りづらい店で扱っているもので、アレルヤはひとりならば苦笑しつつ趣味や嗜好がわからないからと断っていたのだが、一方フェミニストな性質の強いロックオンは構わずに平気で引き受ける。しかもこの男、自身はともかく他人への見立てが悪くないのに定評があった。
そういうわけでアレルヤはロックオンとふたりでいたく可愛らしい内装の雑貨店だとか女性ばかりの衣料品店だとかを回る羽目になり、しかし積極的に買い物に付き合える程ものもわからないので、全部彼に任せて自分は外で待って、代わりに荷物持ちに徹する、というスタンスを取ることにより彼の労働とのバランスをとっていた。そうはいってもロックオンにまったく何も持たせないということは不可能で、それは確かに荷が多すぎるというのもあるのだけれども単にロックオンが空手でいられないのだ。最初は引き受けていたはずのものが気がつくと手から離れていて、結局同じくらいの紙袋を提げている相手を見てはアレルヤは少しだけがっかりする。
「だってこれ俺のだし」
そう言ってロックオンは肩を揺らしてそこにかかっている紙袋を示している。
「まとめて持たれて皺になったら俺がへこむ」
「現になっちゃいそうですが」
「それは俺のせいだからお前にやな顔しないで済む」
「気をつけますよ」
「それにそろそろ紙袋が歩いてるみたいになってきてるぜ?」
それはそうかもしれない。アレルヤは肩を竦めてショーウィンドウに映った自分の姿を横目で見た。両手にそれぞれ紙袋を束にして持って、さらに肩からもひとつかけている。何度かまとめてしまおうとしたのだが、頼まれた相手がばらばらだったり大きさがうまくゆかなかったりで思い通りにならない。
少なくとも今の自分はテロリストには見えないだろう。せいぜいが先進国の都市に来て浮かれた観光客だ。平和なものだ、と反射的に浮かんだ思考を、はらの奥でもうひとつの思考が唸り声を上げるようにして嘲笑う。
否定はしないよ、とアレルヤは思った。とんだ間抜けだ。ショーウィンドウに映った口元が歪む。
「どしたァ、アレルヤ」
ショーウィンドウに身を映して足を止めていたのを不審に思ったのだろう、少し先を行っていたロックオンが戻ってきて訊いた。
「疲れたか? この先にコーヒーショップあるから少し休むか」
「まだあるんですか?」
「でかいもんはもう無いな。おやっさんご所望の新型パソコンはまたにしようぜ、あとはリヒティのコミック買い込んで終わり」
「それはまた重いね」
だな、と笑うロックオンの顔が少しほっとしているようであるのに気付く。やはり余計な心配をかけてしまった。そう考えながらアレルヤはまたショーウィンドウに視線を向ける。正確にはそこに飾られたマネキンの背景、つるりと黒い壁面に映った自分の顔。
彼の顔。
たぶんうんざりした声を上げるだろうな。そう考えながらアレルヤは言った。
「もうひとつ、腕があればいいのに」
「……ん?」
「ハレルヤにも。そうしたらあなたの荷を少しは減らせるのに」「めんどくせェ!」
「今ちょろっとハレルヤ出ただろ」
つるんと口から零れた悪態に、くっ、とロックオンが噴き出して笑う。アレルヤは顔をしかめてショーウィンドウに映った自分を睨みつける。向こう側はつんとして、もう引っ込んでしまったが。
にやにやと笑いながらロックオンは並んでショーウィンドウに姿を映してみせる。面食らった顔が一瞬浮かんだのが、自分だかハレルヤだか、とっさにアレルヤには判断がつかなかった。
「そんな大した荷物でもないし、実際お前の方に持たせてるだろ? それならハレルヤに頼みたいのは、アレルヤの荷物半分持ってやれってくらいだ」
「結果は同じですね」
「それもそうだ」
ロックオンは愉快そうに笑って、それから足を少し振り上げると踵でアレルヤの臑を軽く蹴った。きっと両手がふさがっていたからだ。そうでなかったらきっと彼は自分に手を伸ばしていた。
「俺はお前らがひとりでよかったと思ってるけど」
「何でですか」
「いっかいで二人分抱きしめられる」
そう言って眼を細めて笑う。
「お得だろ」
「……なんでそれが理由になるんですか」
四次方程式を与えられた幼児のような気分になって、途方に暮れながらアレルヤは訊く。それにロックオンは肩を竦めた。
「これ以上面倒見なきゃならん相手を増やさせるなよ、俺に? アレルヤを助ければお前らふたり守れるだろうが。逆もだしな。これ以上お守りの対象増えてみろ、それこそ腕4本あっても足りねえよ」
「……お守りの対象にされていたってことなら、少し心外だけど」
「お前らなら大丈夫ってことだって。いい加減行こうぜアレルヤ、俺コーヒー飲みたいんだよ」
そう言って歩き出したロックオンの背中を、アレルヤは呼び止める。
「ロックオン、」
「んー」
「もうひとつ持たせて」
そう言って手を伸ばして、相手が振り返るのを待たずに紙袋をひとつ奪い取る。あ、と声を上げて追いかけてきたてのひらに、何も返すつもりはなかった。
「ハレルヤが持ちたいって言った」
だってもうなにも重たくなんかない。
荷物も、買い物も。
ロックオンが抱え込もうとしていたなにもかもより、ずっと。
言葉に詰まって立ち止まった男を軽々と追い抜いて、アレルヤは笑った。
「早くコーヒー飲みましょうよ。それからさっさと買い物すませて、帰ったら二人分だけ抱きしめさせてください」
「……そいつは厄介だな」
「僕らは厄介なんですよ。知りませんでした?」
これ以上もう手が回らない的な<八面六臂 仮題は「あしゅら」。
アレハレ分裂(を話題の)ネタ(にした)。……もうほんと怒ってくれて構いません本当にマジで心からッ。