他人ごっこ









「誰との子でしょうか、そちらは?」
「あー開口一番でそれかこの野郎。どんだけ信用無いんだ俺は」
「認知はしないでください面倒です」
「だからね?」
 怒っている。怒っているのはわかっているのに浮かんでいるのは静かな微笑で、ティエリア・アーデの普段浮かべている表情が『冷笑』であるのと比べると、それがまた余計に怖い。
 言い訳を更に続けようとしたロックオンを、右手に捕まっていた小さな掌がひく。それに顔を向けて愛想笑いを浮かべた間に、左手にぶらさがっていたやはり小さな掌が腕をぶんと大きくひいて言った。
「パパおなかすいた」
「──ロックオン・ストラトス?」
「銃口向けんな、情操教育的にーッ!」



 しばらくお待ち下さい。



 何で俺が正座して涙目になってるんだろう。そう考えながらロックオンは普段と逆の角度でティエリアを見上げていた。
「──だから、食堂のミセス・サラの子供なんだってば。俺の子じゃあないの」
「貴方との?」
「お願いだから年考えて」
 そう言って示す先には積み木であそんでいる子供が2人。姉の方は9才、弟は7才だと言われた。遺伝的にも自分では、あんな奇麗なプラチナ・ブロンドの子供は生まれないと思う。多分。
 可愛い子供だと思う。少なくともテロリストに囲まれて彼らの隠れ家に居るのには似合わないくらいには。
「じゃあ何故貴方をああ呼びました? 俺の知る限りでは、あれは父親に対する愛情表現だったと認識しているのですが?」
「他の意味もありますよね」
「おにーちゃん余計なこと言わない」
 はい、と笑いながらアレルヤは器用に城壁を構築している。あのバランス感覚は流石だな、と現実逃避気味にロックオンは考えながら、諦めて視線をティエリアへと向けた。
「だからさ、ミセス・サラがどーしても、地上に降りてる間にエージェントの旦那さんとディナーがしたくて、どうも結婚記念日かなんからしくて、そのあいだお子さんを預かっててってさ」
「何故それを貴方が?」
「リヒティとラッセと俺で押し付け合って賭けポーカーやったらそりゃもう見事にけちょんけちょんに」
「──有り様が見えるようですよ」
 吐き捨てるようにティエリアが言う。ロックオンは、力なくははっと笑った。横でアレルヤがいかにも愉快そうに笑っている。
「それで、何で貴方が『パパ』なんです」
「そりゃ、名前ばれたら困るだろうが」
 転がってきた木製のミニカーを、軽く力をこめて転がして返す。弟が嬉しそうにとびついて、またロックオンの方へ転がした。それを今度はアレルヤの方に転がしてやってから、ロックオンは肩を竦める。
「だからアレルヤのことも兄ちゃんとしか呼ばせてないし、兄ちゃんが被ったから俺がパパってことでひとつ。おじちゃんってのは流石に心が傷つく」
「どうしてパパならいいんですか」
「嘘っぽくていいじゃん。秘密を守るためだ!、とか言ったら坊主の方が喜んじゃってもう」
 両親ともに面倒な物事と関わっているのを、幼いながらもなんとなくはわかっているのだろう。生真面目な表情で頷いたのには流石に笑ってしまった。
「とりあえず夜はこっから出して飯に行って、それで親父に引き渡したらミッション終了。それまで時間潰すのがファーストフェイズ。ほれ、ママもつきあえ」
「──なッ、」
「ママ?」
「このひとがママ?」
「おう」
「おうって貴方!」
 アレルヤが突っ伏して肩を振るわせている。この野郎。口に出しては言わなかったがティエリアは確かに口をそう動かした。怖い。怖いが笑いがとれたたのでとりあえずよし。
 子供たちは一度顔を見合わせると、好奇心を持ったようで玩具を持って立ちあがる。
「ママはあそぶ?」
「なにしてあそぶ?」
「……ロックオン・ストラトス」
 思いっきり名前を呼んで、ティエリアはロックオンを射抜くほどの鋭さで見据えた。ロックオンは思わず姿勢を正す。
「ヴェーダには報告しておきます。後日個人的に報復を加えます」
「……助けて」
「お断りだ」
 そう言ってくるりと回れ右をしたティエリアは、すたすたと足早に部屋を出て行く。ドアを閉めきる直前に、少しだけ蹴躓いてしまったのが見えた。多分見えたという事実すら彼の怒りに触れたろう。
「──こえー」
 近寄ってきた姉の方を抱きかかえて手をぱたぱたと振らせていたロックオンは静かに呟き、横でアレルヤがやれやれと溜息をつく。その手は、勇敢にも立ち去った『母親』を追いかけようとしていた弟を引き留めていた。
「僕に言わせると、あなたの一連の発言の方が怖いですよ」
「そうか?」
「ものすごく」
「……では俺は何処に置かれるんだ?」
 そう静かに聞いたのは刹那で、後ろ手にドアを閉めるとすたすたと躊躇いの無い足取りで近寄ってきた。ロックオンの言いつけで、貯蔵庫へミネラルウォーターを取りにいっていたのだ。
 子供たちにそれぞれチューブを手渡すのをロックオンは少し意外に思いながら見ていた。子供を苦手がるかと思っていたこのこどもが、確かに彼らに好意的な表情を見せはしなかったものの、そう敬遠している風ではないのだ。一定の距離は置こうとしているが、とりあえず存在を拒否しようとはしていない。
「──そうだな」
 そうして首を傾げる。
「近所の友達ってとこだろな。年一番近いし?」
「結局呼称では重なるだろう。意味がない」
「そりゃそうか。まあ、じゃあ名前でいいんじゃねぇか?」
「何が問題かわかっているのか?」
 諦めたように息を吐いて、刹那は先程ティエリアが出て行った扉の方へ向かう。ロックオンは思わずその名前を呼んだ。
「刹那あ、」
「何が問題かわかっていないのか?」
「あ」
 ロックオンは小さく呟き、刹那はそれを一瞥すると、視線を再びドアの方へ向ける。それを呼び止めるように、少女と少年が口々に言った。
「せつな」
「せつなー」
「……ヴェーダに報告する事項が増えたみたいだな」
「すいません」
 そう言って頭を下げたロックオンを再び足を止めて振り返ると、刹那は呆れたように息を長く吐いて言った。
「ティエリアを呼んでくる。くだらないままごと以外ならば、つきあうだろう、俺も、あいつも」
 そう言ってまっすぐにドアの外へと歩いてゆき、しゅんと閉じたドアの向こう側が見通せないとわかると、姉と弟と、即席の父親と兄と、4人で顔を見比べるようにして向き合い、それから視線を集中させられる羽目になったロックオンは、うわーと小さく叫んで天井を見上げた。それを見て静かに、アレルヤは言う。
「あなたが一番怖いです」
「ごめんなさい否定できません」






ものすごく色々間違っている自信だけはあります。