アッパーリミナル
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コンテナから外に出れば太陽は眩しくて、瞳孔がきゅうと収縮したのを音を立てたみたいにはっきりと感じた。途方に暮れたように立ちすくんでいる様を見て、洗濯物を干すロープだけを挟みロックオンは笑った。
「どうしたよ」
「変な時間に、寝てしまって」
そう、訥々と言葉を選びながら言う。
「変な夢を、見てしまいました」
「ふうん?」
そう言ってロックオンは首を傾げると、視点を巡らせてから建物でうまく日陰になっている一角を顎で示した。
「とりあえず其処で横になったらいいんじゃねぇかな。ハレルヤ」
「……何でわかるんだよ」
顔を顰めてぐしゃりと髪の分け目を乱す。ロックオンは、ははっと声を上げて笑った。
「企業秘密、と言わせてもらおう?」
「わッけわかんね」
「俺は多分一発でわかるからな。恥ずかしい思いしたくなかったら下手な演技ぶたない方がいいぜ」
「──別に恥ずかしくなんざ無ェけど」
そう言い返しながらも表情は憮然としたものから変えることができなくて、それをロックオンは見てふふんと愉快そうに見る。内心で舌打ちをしながら、ハレルヤはロックオンが示した日陰ではなく洗濯物をつっこんであるカゴの傍らにしゃがみ込んだ。ん、と訝しげに見たロックオンは、しかしハレルヤがまだ湿ったタオルを軽く丸めて彼に投げつけると、嬉しそうに目を細める。
「サンキュ──で、どんな夢?」
「変な夢」
端的にそう応えると、ハレルヤはもう一枚取り上げたタオルをぐるぐると球体になるように握りこむ。タオルをロープにかけていたロックオンが振り返って、顔を顰めたのに少しだけ溜飲が下がった。
「皺になるだろうが」
「変わんねーだろ、使う時は」
「俺が気持ちよくないの。ほら、よこせ」
ロックオンはそう言ってハレルヤの傍に歩み寄り、屈んでタオルを奪い去る。ちぇー、とわざとらしく言ってみせれば、それの端をつまんでぴんと伸ばしていた男は興味深そうにハレルヤを見下ろした。
「どんな感じなんだ、お前の見る夢ってのは」
「別に、ただの夢だと思うぜ。電気羊は出てこねぇよ」
「そりゃ残念だな。個人的にはユニコーンと逢いたいんだが」
「あんたにゃ無理だと思うぜ」
「レイチェルになら逢えるかね」
くすくすと笑いながら、ロックオンはタオルをロープにかけている。次のシャツは素直に投げつけてやって、それと一緒にハレルヤは言った。
「夢つっても、俺の寝てんのはアレルヤの起きてるときだから」
「ああ、そうか──両方寝てるってことはないのか?」
「両方起きてることだってあるんだぜ。とりあえず今アレルヤは寝てる。あいつもろくでも無ェ夢見てるんだろうさ」
「成る程」
ロックオンは妙に納得したように頷いた。それに丸めたスウェットパンツを放ってやって、ハレルヤは肩を竦めた。
「ま、そういうわけで、俺だけびっくりして起きちまった。まァ、アレルヤが寝るのに飽きたらまた寝るさ」
「そうか。余程嫌な夢だったんだな」
「──別に」
Tシャツを斜めの方向に引っ張って伸ばしていた手を止めて、ハレルヤは少し不満げな目を向ける。
「変な夢だったんだって」
「うん」
「別に嫌じゃねェし、あんなん──あんくらい」
「わかったからそれの首それ以上伸ばすな」
そう言ってまた取り上げられたTシャツを恨みがましく見上げながらハレルヤは考える。別に、いやじゃなかった。平気だった。
ただ、変だった。
あのくらい、いやじゃなかった。怖くなかった。今思い出しても、別に。全然。
──でも、何で震えていたんだろうか。
──なんで、なきたくなったんだろうか。
その感覚だけが、変で。
「だから伸ばすな」
ロックオンはそう言って、無意識に握りしめていたシャツを取り上げる。
「あーもうこれ作業着にするしか無いだろが気に入ってたのに」
「ロックオン、」
「これラストだからちょっと待て」
そう言って不満げに裾を引っ張りながらロックオンはロープへ向かい、ハレルヤは少しだけ落ち着かないような気持ちになる。それも、別に、いやではない。
拒否されることも。別に。
「お前はさ」
そう言いながらロックオンはハレルヤに背中を向けてシャツの皺を伸ばす。
「きっと寝る時に眉間に皺寄せて寝てんだろうな」
「──知らねぇよ」
「絶対そうだって。賭けてもいい。今度アレルヤに──訊いてもわかんないか」
「阿呆だろあんた」
「否定はしない。まあそういうわけで」
そう言って両手をぱん、と打ち鳴らすと、ロックオンは笑った。
「昼寝にしよう」
「──は?」
「昼寝。ひなたぼっこでもいいけどさ。アレルヤが起きてくるまでごろごろしてようぜ」
そう言って眼を細めて歩いてくるロックオンを、ハレルヤは顔を顰めて見上げる。
「俺が寝た方がアレルヤが出てきて御しやすい、ってか?」
「何を拗ねてんだよ、お前は」
降りてきたてのひらがぐしゃりとハレルヤの髪をかきまぜて、分け目をわからなくさせる。そうしてハレルヤの横に座りこんだロックオンは、そのまま太陽の熱を孕んだ地面に寝転がった。両手を拡げて、笑う。
「カモン!」
「誰が」
顔を顰めてその腕の外れた地面に、背中を向けて倒れてやる。くつくつと愉快そうに笑うロックオンは、しかしそれ以上手を伸ばさないでいて、それにほっとすればいいのか、それとも別の感情を抱けばいいのか、ハレルヤは咄嗟に判断ができなかった。
例えば残念に思うとか。
「──」
背後の男は陽気に鼻歌をうたう。音階は一足飛びに外れて、酷く不安定に踊った。
「何だよそれ」
「子守歌」
「逆に不安で眠れねぇ」
「お前この俺の美声を捕まえて何を」
「うるせェマジで眠れねェ」
そう言ってやっても笑みを含んだ声はとぎれとぎれに旋律を紡ぐ。くそ、とハレルヤは思う。眠い。
季節が巡って陽光は柔らかい。地面から芽吹く音が聞こえるような気がする。背中ではゆるやかに歌が流れる。その総てが熱を持っている。
眠い。
ハレルヤは寝返りを打って、まだこちらを見ていたロックオンと向き合った。少し驚いたように見開いた蕩けたようないろの緑が、ゆったりと細められて笑みをつくった。伸ばされた手がハレルヤの髪を梳いて、毛先を指で揺らした。
「──ロックオン」
「うん」
「やな夢だった」
「そうか。もう大丈夫だろ」
「ああ、」
浅く頷けばてのひらがハレルヤの頭を撫でる。伝わる熱。ハレルヤは目を閉じる。自分を包む熱。もうひとつの気配がぽこりと浮上してくるのを感じる。
──おはよう、アレルヤ。
まだ早ェよ馬鹿。
そう思いながらハレルヤは意識を沈めてゆく。きっといま、自分は眉間に皺なんかつくっていない。それにこの男は気が付いているだろうか。
おはよう、の声が少し残念そうに聞こえた気がした。とりあえずそれで気分は悪くなかった。
ハレロクですか?(訊くな)