アドヒア









「思うに私と君はいつか不倶戴天の敵となるのだろうな」
 不意にそんなことを言ってグラハムは声を上げて笑い、ロックオンは訝しげに眼を細めた。
 道路に面したテラスカフェ。同じテーブルに並ばないのは矜持でもなんでもなくて、気が付いたらグラハムは背後の椅子に居たのだ。この男が笑いながら言うように運命と呼ぶには作為的過ぎる気がしたが、そういう偶然も良いだろうと思いながらも同席は断った。どうせ別のテーブルに居るのが運命なのならば、そのままで居るのがいいのだろう。
 そういうわけで、丸いテーブルを脇に2人で椅子を並べて世間を見回している。店にしてみれば図体のでかい男2人にそんなことをされても迷惑だろうが、とりあえず客の少ない時間帯らしく、文句を言うほどでもないようだった。
「何故そう思う?」
「君と私では好みが近すぎる」
「なるほど」
 どうやら目が追っていた相手は同じ後ろ姿だったらしく、だがロックオンとしては別にそれがいちばんの好みだというわけでもなかった。そんなことを考えながらもう一度もう後ろ姿しか見えない女を見やる。スレンダーな体つきに、優雅に波打つブルネット。顔は一瞬しか見えなかったが、少々きつ過ぎるくらいの目つきは嫌いではなかったが、それだけで。
「ほら」
 そう言って横のテーブルからグラハムはロックオンの注意を引き、ロックオンと目があうと至極満足げに笑う。
「不本意だという顔だ」
「なるほど」
 確かに目はいいらしい。そう考えてロックオンは肩をすくめる。
「じゃああんたの好みは?」
「教えてやっても構わないが、実は私は心が狭い。君に横恋慕されてしまうと思うだけで胸が張り裂けそうだ」
「繊細なもんだ」
 代わりに美人でも居ないかと、視線を巡らせれば視界の端できんいろの男は笑う。
「何しろ君が傷つくだろう?」
「俺の方が振られるって決めつけんじゃないよ」
「私が傷ついたら君が傷つくだろう」
 しれっと言ってのけるグラハムを一瞥してから、これと女性を取り合うなんていう滑稽な真似だけはしたくないとロックオンは考えて小さく溜息をついた。彼の冗談とは関係無く、どの言葉も笑い事にしか聞こえなくなってしまう。
 グラハムは笑いながらロックオンに言った。
「傷ついたかい?」
「あほ」
「それとも君が好みだと言おうか」
「あほ」
 そう同じ言葉で返してやって、それからロックオンは振り返ると、にやりとグラハムに笑ってやる。
「傷ついたか?」
「慰めてくれるのかい?」
「お断りだ」
「傷ついた」
 空を仰いでグラハムは呟く。ロックオンはついに声をあげて笑い出した。グラハムは暫く不満げな顔をしてロックオンを見ていたが、ふいと視線を逸らすとテーブルに手を伸ばした。コーヒーのカップでも取り上げるのかと思えば、その左手はテーブルの上のカップを通過して、違うものを持ってくる。
 それが取り上げたのは一輪のマーガレット。
「慰めてくれないか」
 そう言って、その花をロックオンに捧げるようにして差し出す。
「傷ついたんだ」
「あんたの好みと違ってね、好みじゃない奴に棟を貸してやれるほど親切じゃないんだ」
「知っている。だからこうして頼んでいる」
「それ此処の花だろう?」
 ロックオンのテーブルの上にも置いてあるデミダスカップには同じ色の花がちょこんと挿してあった。それをちらりと一瞥してからロックオンは溜息をつくと、グラハムの指先からそれを取り上げてくるりと宙に円を描いてみせる。
「じゃあこいつに免じて」
 そう言って花の茎を口先にくわえると、ロックオンは自分のテーブルの上に手をやって、彼が取り出したのよりも少し萎れたマーガレットを取り上げると、そいつをグラハムのふわふわと跳ねるきんいろの髪に挿した。
「これをさしあげよう。きっと君の好みの女性によく似合う」
「傷ついた!」
 大仰に喚いた男に笑いながら、口元の花をグラハムの胸にさしてやった。そしてなるほど、と思う。よく似合うものだ。





グラハム→ガンダム←刹那←ロックオン(嘘です)。