傷の行き先









 子供である故の無知さを言い訳にするようにして、無造作に、無遠慮に、伸ばされる指が好きなのだ。
 いや実際子供なのは間違いないけれど。そんな風にロックオンは考える。目の前の『子供』に知れたらえらい目に合うだろう。大体その『子供』にいいようにされている自分の立場といったら、一体どういうものなのか、と。
 しかし、ロックオンは何も言わない。刹那のやりたいようにさせてやる。
 ロックオンの為ではなく、刹那がいいようにする為だけの簡単な扱いにも、手前勝手な抜き差しにも。そんなものはロックオンには興味は無いのだ。触れる手など。穿つ熱など。痛みと熱の隙間からのぞき見える炎。普段静かな鉄錆色の瞳が、炎を溶かしたような色でロックオンを見ている。その色を見るだけで、ロックオンは達してしまいそうなほどに震えるのだ。
「ッ──あ」
 そんな様に焦れたのだろうか、刹那の指はロックオンの内側から抜かれてしまって、ロックオンはほんの少しの喪失感と、期待と、それにちょっとした罪悪感を覚える。こういう行為を繰り返しながらそれでも、刹那にそれをさせてしまっているという、背徳に似た感情は消すことができない。
 思っていた以上に切なげに響いてしまった声が気に障ったか、刹那は戸惑うようにしてロックオンを見た。ロックオンは少し笑って見せて、手を彼の頬に伸ばす。
「……もう、いいか?」
「あんたは、」
 それが確認ではなくて、此方に訊き返しているのだということにちょっとした感動に似た驚きを感じながら、ロックオンは小さく首を傾げてみせた。
「俺はいいよ」
「……あんたはそれでいいのか」
 再度投げかけられた言葉に、ロックオンは触れた手を止める。刹那は表情を動かさず、ただその眼は炎を宿したままに、ロックオンを見据えて言った。
「そうやって、されるばっかりで、」
「うん」
 即答した。
 それはあんまりにもロックオンの中で当たり前のことだったから、何の躊躇いもない侭につるりと出てきてしまって、それに刹那は少し驚いたようだった。お、面食らってる面食らってる。組み敷かれている、という状況下でなかったら、手を叩いて大喜びしたところだったろう。
 しかし状況は異常だったしそれに刹那も引っ張られていた。普段だったら自分で答を出すように誘導するところだったし、むしろ刹那はロックオンにそのまま示されるのを嫌っているようだった。しかし刹那はロックオンを問うように見据えていて、ロックオンもその状況に流されるようにして口を開いた。
「だって、俺はいやだから」
「──するのが?」
「うん」
 もう一度、即答して伸ばした手でそっと刹那の顔を撫でた。まだ子供のあどけなさを残す輪郭をなぞる。熱を孕むその感触を好ましく思いながらロックオンは続ける。
「だって、俺はねえ、きっとお前に酷いことをするからさ」
 冗談めかすように笑いながら言ってやれば明らかに刹那がたじろぐので、ロックオンは余計に笑みを深くした。
「お前の知らないようなやり方で、お前の言葉なんざ聞いてやらないで、泣かせて叫ばせて、それでもやめてなんかやらないで、お前のことなんか気にしないで俺が満足するまでやっちまうだろうよ」
 くすくすと笑いながら、そう言って、それでも伸ばした手はそれ以上何もできなくて。
 指先に触れた熱から手を離せずにいるロックオンに、刹那は静かに問うた。
「やりたいのか」
「いや」
 きっぱりと首を振って。
 今度こそ言葉を失って、言い返すのに失敗して口を開いたまま息を飲み込んでしまった刹那に、ああ、こんな顔させれるんだったらもっと前に言っちゃえばよかった、そんなくだらないことを考えながら、ロックオンは言った。
「やだって俺そんなの。俺はそういうことしちまうかもってだけで、したいわけじゃないの。お前がして欲しいってんなら別だけど、俺はやだよ。お前はどうよ、俺がつっこんでもいい?」
「──嫌なのか」
「嫌だ」
 やっぱり傷つけてしまうかな、そんなことは最初から思っていて、ロックオンはそれでも言葉を止められずにいた。そういうことをしたいんじゃないんだ、それだけが伝わればいいけれど、伸ばした手はそれ以上何かを伝えることはできない。
 言葉ではきっと、それ以上を伝えられない。
 どう言えば、これを傷つけないでいられるだろう。
 そんなことばかりを考えていて、ただ彼の好きなようにさせるだけで、それ以上のやり方をロックオンは知らない。
「──お前にね、」
 ほら、結局一番駄目なやり方を選んでしまう。
「お前の中に、俺を残したくないんだ」
 傷跡も触れた感触も。何もかも。こんな場所で、こんな立場で、こんな自分に。触れられたという記憶なら何もかも。
 そう言って笑ってやった。刹那は少しだけ、目を見開いてロックオンを見下ろしていた。彼の大きな、燃えるような色の瞳が、揺らいで、
 それに、熱が点る。
「ロックオン──」
「ん、わり……せつなッ?!」
 咄嗟に吐き出しかけたのは謝罪の言葉で、それをしかし封じたのは刹那の手だった。殆ど解されていたロックオンの奥に、再び彼の指が潜り込む。ぐいと押し開かれた奥底の、一番弱いところへ指は容赦なく突き立てられて、ロックオンは思わず悲鳴を上げた。
「──ィ、何、お前……!」
「そうしたら、俺はあんたの中に残るのか?」
 そう言って刹那はロックオンの首筋に顔を寄せる。ひくりと震えてしまった喉に唇が触れる。
「あんたがやめろと泣き喚くまで。あんたがどうすることもできなくなって気を失ってしまうまで。叫んでも斟酌などしてやらない。何度でも、何度でも」
 奥を貫かれて、熱の先端にも触れられて、唇は言葉を紡ぎながらもキスを繰り返して。
 垣間見えたその赤いひとみ。怒っていて、泣いていて、そして熱を点していて。
「そうしたらあんたの中に俺は残るのか。俺はこうやってあんたを抱いている間、ずっとあんたのことを残しているのに、それもあんたは、残さないというのか」
 そう言いながら触れる指は、唇は、どれもこれもが優しくて、刹那がそんなやり方を知っているなんて、ロックオンは知らなかった。いや、これは、自惚れかもしれないけれど、これはきっと、自分が彼に触れたやりかただ。
 ずっとそうしたいと思っていた、やり方だ。
「応えろ、ロックオン」
 刹那の声は悲鳴のようだった。
「応えろ──!」
 静かに震えるロックオンは、何も言えずにただ情けなくて涙を零した。





君がッ泣くまでッ殴るのをッやめないッ。
寸止めですいません。フリーDLを謳うにはこれが限界です。