光を!









「右目がみえなくなりました」



 そう言った自分の声が、思っていたよりもずっと途方に暮れたようなものになっていたので、アレルヤはそれで少しだけ困ってしまった。言われてしまった相手の方も、まじまじと左の眼を見開いてアレルヤを見返してから、同じくらい途方に暮れた声を上げる。
「──何、もしかして俺馬鹿にされた?」
「いえ、ロックオン。そんなことは」
「じゃあ同情?」
「動揺かも」
 そう言うと、ロックオンは、んー、と呟いて、片方の眼だけでトレミーの白い天井を見上げた。
「ならしょうがねえか。で」
「はい」
「元から見えないじゃん」
「そういう意味ではなくて」
 ふうん、と言ってロックオンは手袋をしたままの左手を上げると、アレルヤの前髪を指先で掬い上げてきた。革の独特の臭いと、それに染みついている彼の匂い。無駄なものの排除された人工的な空気の中で、それは妙に獣めいたものに思えた。例えば猫とか犬とか、そういうものを身の近くに寄せたような。
 ふうん、ともう一度、ロックオンは不思議そうに言った。
「開いてるけど」
「みたいですね」
「見えねえの?──あーつまり、前髪降りてるときと違うのか?」
「見えない、といよりも、見たくないのかもしれません」
 そう言って、アレルヤはゆっくりとまばたきをしてみる。意識がふたつあっても、此処に在る肉体はひとつだ。まばたきをしなければ眼球は乾いてしまう。それなのに右目は瞬きをするのも拒んで、その動きは酷くぎこちなく、ためらいがちなかっこうになってしまった。
「見たくない、」
 そう、鸚鵡返しにロックオンは言って、それから、ああ、と頷いた。
「そっちが?」
「はい、こっちが」
 そう言ってロックオンはアレルヤの右側の頬に掌で触れる。ひとつの身体であるはずなのに、その感触はやけに遠くに思えた。興味深そうに開いた彼の左の眼はまっすぐにアレルヤの右目へ向けられていて、アレルヤの視界にあるのは彼の右側に落とされた影だった。
 ロックオンが柔らかく笑ったときも、アレルヤを見ていたのは影だった。
「しゃあねえなあ、お前らは」
「……一緒にするなって、言いますよ」
 そう言って肩を竦めてみれば、影は、ロックオンは、くく、と楽しそうに笑う。
「どっちが?」
「何ですって?」
「拗ねるなよ、ハレルヤ」
 聞き返すアレルヤを構わずに、ロックオンは笑いながらアレルヤの、ハレルヤの頭を抱き寄せてその震える目蓋に唇を寄せる。
 やわらかな、それの触れる感触アレルヤは感じなかった。身体はひとつ。感覚も同じだ。どちらかが強く引き受けるというものもあるけれど、それを受け取る中心は同じで、そこに手を伸ばせばいくらでも、感じることはできるはずなのに。
 アレルヤはそれを感じなかった。アレルヤが遠ざかったのではない。
 きっと──ハレルヤが抱え込んだ。
「お前さんのせいじゃもないしアレルヤのせいでもないし、俺以外の他の、誰のせいでも。見なかったらってなくなるもんじゃねーよ、」
 そう言って影の向こうでロックオンはわらう。
「──ほら」



 光が見えた。
 ハレルヤは、ゆっくりとまばたきをして、正面に立った男の笑う顔を見た。それは確かに半ば以上に影を落とした、酷く痛々しいものであったけれども、それを何よりも彼自身が構わないというふうに笑った。平気な顔をして。
 これは鏡だ、とハレルヤは思った。
 生まれてから、生み出されてからずっと、自分が向かい合っていた鏡。自分の半身。それと同じ側に影を落として、向き合う顔にだけ笑みを浮かべて、ハレルヤを見返す。ハレルヤの鏡。アレルヤ。
「な?」
 そう言ってロックオンは笑う。ああ、この男は。
 この男も。
 誰も彼もがおれを(おれたちを!)、痛みから遠ざけようとする!
「アレルヤも」
 そう言って、もう一度ロックオンは手を伸ばす。ハレルヤの左側の頬に。さっきまで彼がしていたのと同じようにして、頬に手を触れて、わらう。遠い感触。ハレルヤは眩暈を覚える。



「──な」
 目蓋にキスされてアレルヤはぱちぱちと2回瞬きをする。広い視界の真ん中で、ロックオン・ストラトスが笑っている。
「拗ねるなよ、おまえも」
「あれ?」
 酷く呆けた声が出てしまった。可笑しくてたまらないというふうに、ロックオンはくつくと笑いながらアレルヤに首を傾げた。
「どうした?」
「見えました」
「そりゃよかった」
 そう言ってロックオンは嬉しそうに目を細めた。





なんていうかいくらなんでも反省してます。