Sensuous









「じゃあ、また後でな」
 そう言ってロックオンは笑う。あわせてハロが陽気に声を上げた。
『アトデナ、アトデナ!』
「──任せる」
 一瞬視線をハロに向けた刹那は、しかしすぐにロックオンを見上げて言った。へにゃり、と情けない貌をしてロックオンは苦笑する。
「あいよ。お前ね、もうちょっと俺の相棒にも優しくしてくれよ?」
「──ロボットだ」
「ハロだって」
 苦笑を浮かべたがそれ以上を言わず、ロックオンは足元で跳ねる球形のロボットを子供でも抱き上げるような優しさで腕に抱え、それを見ていた刹那は無意味に苛立ちのようなものを覚える。
「言っとくけどなァ刹那、こいつに優しくしといてあげないとお前の援護も満足にできんのよ。そのくらいの感謝を示してやってもよかねぇか?」
「必要な分は示している」
 そう言って刹那は視線をその球体に向ける。オレンジ色の球体は、その視線に応えるように赤いランプをちかちかとひからせた。
 そう、ロックオンに詰られるのは一度や二度の話ではない。しかし刹那には、それが彼の感情、それどころか「喜び」であるのか「怒り」であるのか、その程度の正負の差すら、読み取ることはできなかった。読み取ろうとする努力もしなかったのは確かだが、それでもこれは機械だし、表情の出力方法も0か1かを示すことでしか行わない。それがどれだけ複雑な技術でもって、高性能に為されているとしてもだ。
 いや、機能としては複雑なものでしか自己を表現できない人間の方が、ある意味では不足しているのかもしれないが。それでも刹那は自分に近いものとして、出力先を眼前の男に選んだ。
「──必要無い」
 端的に言えば、はあああ、と盛大に溜息をつかれる。
「お前さあ、」
「俺が判らなくともあんたにはわかるだろう」
 そう言って刹那はもう一度ハロを見る。ハロは細かく目を光らせている。相変わらず判らない。
「それで足りる。俺は判らなくてもいい。俺はあんたくらいなら判る」
「なんかあんまり褒められてる気はしねぇけど」
 首を傾げるロックオンに、これ以上説明する気が失せて、刹那はさっさとそれに背を向ける。エクシアは天頂近くに在る光芒に照らされて真っ直ぐに立ち、向かうべき先を見据えていた。白と青のはっきりしたコントラストは、光を撥ね返し眩しいほどだった。
 刹那は目を細めてエクシアを見上げる。問わずとも応える、その姿にむしろ満足を覚える。刹那はこの様をこそ好む。これとともにあるのならば、何も迷わない気がする。
 じゃあま、俺は待機してますか。そう言ってのびをしたロックオンを振り返る。手を伸ばすのに飽きたらしいロックオンは、刹那に背を向けてすたすたとデュナメスの足元へと歩いてゆくところで、刹那にはそれを呼び止める用件など最初から無かった。ミッションへの準備は済んでいたし、今更確認する事項も無かった。詳細が頭から抜けているなんていう間抜けなこともなかったし、無事を祈るほどの感情も持ち合わせてはいなかった。そもそもそんなものの要らぬ程度のミッションだ。
 しかし刹那は呼び止めるための息を吸いこんでしまっており、そうなってしまっては吐き出すしかなかった。その端的な名前。
「ハロ」
 口をついて出た名前は其方で、がばっと振り返ったのはその持ち主だった。思いっきり目を見開いて、ぽかんと刹那を見ている。
「え、何、」
「お前じゃない」
「何それ!」
 動揺を顕わにして大声になるロックオンをほったらかしにして、刹那はその腕の中のロボットを見る。相変わらず全くわからないその明滅。電子音声が返事をする。
『セツナ、セツナ!』
 名前を呼び返してきたそれに対して、刹那は数回呼吸する分だけ更に考えた。そうしてロックオンが焦れたのか、また何か言おうと口を開きかけたのを、制するようにして言う。
「──任せた」
 何を、とは言わなかった。
 ハロはぱかぱかと上部のカバーを開閉させて、陽気に返事をする。
『マカサレタ!』
「え、何を」
「あんたにじゃない」
『ロックオン、チガウ チガウ』
「だから何それ!」
 刹那とハロとをおろおろと見比べる男に溜息をついて、用事の済んだ刹那はするりと彼らに背を向ける。えええええ、とロックオンは情けない悲鳴を上げる。それを背中で聞きながら、刹那は少しだけ愉快になった。
 無機物との対話など無意味だ。神が居ないのと同じだ。自分がガンダムに意思を、言葉を、求めるのはそう在ることを望んでいるからに過ぎない。それは信仰だ、ある意味で──ロックオンが球形のロボットに対して、それを望んでいるように。
 無機物の側もそれを望んでいるのだと、望んでいるように。
「あんただけが全部理解してるなんて思うな」
『オモウナ!』
「えええええ!」
 振り返った刹那とハロと顔を見合わせてそう言って、ロックオンは殆ど泣きそうな声で叫ぶ。まったく、と刹那は少し呆れる。どうしてこれは理解しないんだろう、自分もかれも、何よりも彼を望んでいるのに!





タイトルがまったく決まりませんでした(何で素直に「アンダースタンド」にしねぇんだ)。