約定









「どうした?」
 そう刹那が声をかけたのは、デュナメスの足元にしゃがみ込んだロックオンがじっと右手を見ていたからだった。左手はだらりと投げ出されただけで、どう見ても整備をさぼって一休止という態度にしか見えないのに、ゆるく拳につくった指先を見ている目付きだけは真剣で、それが妙にアンバランスに思えたのだ。
「刹那、」
 眼前に立った自分を見上げて、ロックオンは少し驚いたようだった。この距離に近付くまで気が付かなかったのならば余程周囲に意識を払っていなかったのだろう。それを少し不愉快に思いながら、刹那はロックオンを見下ろしてもう一度言う。
「──どうした」
「爪」
 ロックオンはただ一単語を、吐き出すようにして口に出した。そうしてまた、困ったような、途方にくれたような顔をしていたが、刹那が反射的に顔を顰めてしまったのにあっさりと気が付いたのだろう。その表情をあっさりと苦笑に変えてしまって、ひらひらと右手を振ってみせる。
「爪割っちまって。さっき、整備手伝ってたときにさ」
「ああ」
 それで刹那は少しだけ得心がゆく。その手は相変わらず手袋に覆われていて何の不足も見えなかったが、そんな些細な不完全さが百発百中の精密射撃を身上とする男には不満なのだろう。浮かべる苦笑も情けない。
「人差し指か?」
「や、小指」
 些細過ぎる。心配するような言葉を吐き出しかけていた唇が引きつり、それを見てロックオンは漸く愉快そうに笑った。
「まーな、関係無いんだけどな!」
「気にはならないのか」
「正直言うと、ま、少しな?」
 そう言ってロックオンは肩を竦めてみせる。
「気にならんって言えば嘘になる。だけどそんな程度じゃ外さねぇよ、何があろうが狙って撃ったら絶対当たる」
 そう言ってロックオンは得意げに指を揺らしてみせたが、それもしかしすぐに何処か不満げな表情に変わる。
「でもさぁ。あーいや、当てるんだけど」
「ああ、」
「万が一、や、百万が一だぜ? 俺がもし外すことがあったら俺は自分の腕じゃなく、こんなつまらんもんを言い訳にするんだろうと思ったら、なんかがっかりしたんだわ」
「あんたが外すことがあるのは知っている」
 そう言って刹那はロックオンの前に膝を付いた。少し驚いた顔をしたロックオンの不安げな右手に、刹那は手を伸ばして静かに触れる。小指の先を、そっと、指で撫でた。目をしばたたいたロックオンは、不安、の色を不満、に置き換える。
「今さらっと馬鹿にされたか俺?」
「だが俺よりは当てるだろう」
「──比較対象にお前選んでも正直慰めにならねぇんだけど」
 そのごくごく生真面目な表情で発せられた言葉に、ほんの少しむっとしつつ刹那は言い足す。
「他の誰よりも。何があろうとも」
 そう言い換えて、刹那はあさりとそれから手を離す。
「だから外したら俺のせいだ。今あんたに触った。俺は縁起が悪い、何しろまともに当たらない」
「ひっで!」
 ぎゃっと大仰に喚いてロックオンは手をぶんぶんと振る。冗談めかした口調ではあるが、覗き込めば目付きが真剣である。刹那は少しだけ不満に思いながら、そのひらひらと揺れる手に向かっていった。
「悔しかったら、外すな」
「──外すかよ」
 顔を顰めたロックオンは、しかし刹那を見てすぐに笑った。
「何があったってな。お前を言い訳になんかするものか」