サッドニュース









 壁面のヴィジョンを見ていたロックオンは、あーらら、と声を上げた。さっきから陽気に細かく跳ねているハロに視線を向けていたアレルヤは、振り返って首を傾げる。
「どうしました?」
「また始まっちまったよ」
 そう言って、ロックオンは情けない表情をつくって笑う。腕を組んだ隙間から伸ばされた手袋の指、それが示したのは見慣れてしまった紛争のニュース映像で、特徴的なシルエットの庁舎が背後に上がった炎に赤く染まって揺れている。ロックオンが声を上げた理由がその建築物そのものに対して特別な感慨があったからではないことくらい、アレルヤにはすぐに判った。アレルヤはその庁舎を見たことがある。
 そう、それはつい二ヶ月前にソレスタル・ビーイングの介入によって戦火を収めた国のものではなかったか。
「──ああ」
 アレルヤは思わず溜息のような声を上げる。それは殆どロックオンのそれと重なるような響きで、それを受けてロックオンは肩を竦めた。
「ティエリアに知れたらぶっとばされるな」
 言うことは物騒なのに口ぶりが愉快そうなのに釣られて、アレルヤも少しだけ笑う。
「溜息をつく顔が見えるね。『人間はこんなにも愚かなものですか』って」
「あ、そっちか? 俺はどっちかっていうと、『貴方がたの行為が不徹底だからこんなことになるんだ』かな」
「確かに」
 どちらにしろ脳裏に浮かんだ表情は同じようなものだったろう。憮然とした美人のつんとした顎の形を思い返して2人は声を上げて笑い、しかしそれもニュースからはみ出してきた銃声にかき消されて、終わる。
「結局僕らのできることは、こんなものかと思いますね」
 ニュースキャスターは静かに死者の人数を伝え、それにアレルヤの声は重なって掠れた。星の数でも数えるように、ニュースキャスターは数を重ねる。
「どれだけやってもすぐにこうやって新しい紛争の火種は生まれる。消したと思っていた足元からまた炎は上がる。無駄だとは言いませんけれど、なかなか、無力だ。そうじゃない?」
「ま、それを目的にやってるようなモンだろ、今は」
 ロックオンはニュースから視線を剥がすと、アレルヤに向けて苦笑してみせた。
「200年かけて準備したことだぜ。そんなあっさりやっつけちまったら、先輩どもに顔向けできねえよ。お前、焦って告白して失敗するタイプだろ」
「失敗したら駄目でしょう!」
 目を見開いて言えば、はは、とロックオンは笑う。いかにも愉快そうに、好ましいと思うように目を細めて。
「あー、だからだな、準備する楽しみもしれ」
「わけがわかりませんよ」
「そうか? うまくいくイメージを腹ん中に持ってろよ。それが先に在ると思えば、うきうきできるぜ?」
「例えば貴方と一緒にいるとか?」
 そう言ってみれば、ロックオンはアレルヤを見返して2回まばたきをし、それから思いっきり眉を寄せた。
「お前、だから言ったろ焦ると失敗するって」
「成る程」
「学習しろ」
 言い聞かせるようにそう言って、それに重ねて何か言い足そうとしたロックオンが口を開ききる前に、それを押し潰すようにしてプトレマイオスからの暗号通信が入る。宇宙にも情報が上がったところらしい。開くように指示をすれば、其処にあらわれた映像は酷く不機嫌そうな表情のティエリア・アーデだった。
「よう。連絡網か?」
『その顔は何があったのか伝わっているようですね。まったく、人間というのはこんなにも愚かなものですか』
 それからロックオンとアレルヤを等分に見比べる。自分たちの口元が引きつっているという自覚はあった。
『それにしても貴方がたの行為が不徹底だから結局こうなるんで──』
「ぶっ」
 ロックオンが盛大に噴き出して、笑い出す。アレルヤもそれに引き摺られるようにして、くっと肩を揺らしてしまえば止まらなかった。映像のティエリアが酷く狼狽しているのが視界の端に見える。
『な、何が可笑しい!』
「ッはは、わッ、りいティエリア30分黙って!」
『何を、言っているんだ、説明しろアレルヤ・ハプティズム』
「むり……!」




 結局ぷりぷり怒ってこちらに指示も出さずティエリアは通信を切った。ミッションプランはそのうちヴェーダから送られてくるだろうが、次にトレミーに上がった時が怖い。そんなことを考えながらぼんやりとニュースを見ていたアレルヤは、あ、と声を出す。笑い転げている間にニュースの内容が変わっていた。
「思い通りにならないってことも、まァたまにはいいもんだし」
 それに少し早く気が付いていたのだろう。ロックオンは笑いながら背伸びをする。ニュースキャスターは静かに締めくくる。ガンダムの介入によって疲弊した武力組織の最後の反抗というかたちで起こされた内紛は内紛という形をとれぬまま集結した。政府と市民による反撃によって急速に収束へと向かっている、戦争に倦んだ小さな国は、例えそれが遠くから振るわれる他者の力に怯えた結果であったとしても、一時的な平和を望んだのだ。
「それに思い通りになったらそれはそれで愉快ということもある。違うか?」
「例えば貴方と一緒にいるとか」
「とりあえず暫くは休暇だな」
 そう言ってロックオンはにやりと笑った。





なんというかのっけからこれか。