ガーデン









 足を止めたのは、その垣根に伝う枯れた蔦のせいだった。
 それは、そう広くない庭の外周をぐるりと取り囲んでいるようだった。例えば茨の姫が住み着いているように、強固に侵入を拒むような敵意を感じはしなかった。単に、放っておかれているから、枯れているのである。それだけのことだというのがわかった。
 40フィートほどの垣根を横目に歩き、入口らしいその切れ目から中を覗く。
 ぽかんと開いた空隙。
 遠目から見れば芝生なのだが、その穂先は刈られてからだいぶたっているようにみえた。ところどころに無遠慮な雑草がひょいと顔を出しているのがわかる。それを切り裂くようにして、煉瓦敷きの道がすこしうねりながら足下から続いていて、その先に小さな白い壁の家があった。
 家、というよりも、小屋、に近い。
 庭の様子と違い、その家は奇麗に保たれているようにみえた。少なくとも、壁のペンキが剥げているとか、どこかが崩れているというふうではない。一層か、屋根裏に収納スペースのあるくらいだろう。開け放っている窓にはカーテンがかけられていて、揺れる隙間から見ればその中は家具は多いけれども片付いているようだった。中にひとの気配はない。
 ただ、玄関のポーチに、男がひとり座っていた。
 年の頃は二十代の半ばくらいだろうか。やわらかな褐色の髪が風に揺れている。こちらが見ている気配に気付いたのか、顔を上げた青年はにっこりと笑った。
「珍しいな、お客さんは」
「──そうなのか」
 男は庭に踏み入れる。垣根の内側は、それなりに手入れはされているようではあったが、しかし矢張り荒れていた。あちこちに花壇らしきものが見えるのだが、そのどれもが枯れていたり、おそらく想定外なのだろう植物に覆われていたりする。流麗なカーヴを描いて立てらているポールは元々薔薇の蔦の絡んでいたものだったのだろうが、まるで肉の削げた骨格のように、白々と立っているだけだった。
「珍しいよ」
 そう言って男は何の警戒心も見せずに立ち上がった。
「入ってくる奴なんて全然だ。ハーブティなら出せるけど、飲む?」
「いや、遠慮しておこう──まるで荒れ野のようだなと思って見ていたのだが実際中から見ると荒れ野だな」
「失礼だな何気に」
 青年は眉をしかめて、おそらくは本人の言っていたハーブティが入っているのだろう、それにしては品の無いマグカップの影から窺うように男を見た。
「ありゃあクレマチスだ! 春になりゃああれでも咲くの、いまは確かにどう見ても枯れた蔓くるくるしてるだけだけど、」
 言葉から段々勢いが削がれていって、最後の、たぶん、は吐息のようになった。男は愉快そうに笑う。
「ならばあちらの薔薇園は?」
「多分前住んでた人のだ。流石に俺は、バジルでラベンダー駆逐したりローズマリーで薔薇の花段つぶしたりすんので精一杯」
「成る程」
 ということはあの日当たりのよい一角で我が物顔に緑をはびこらせているのはローズマリーか。彩りのないことだ――そう考えて男はひとつ頷く。
「ならばあの薔薇園は私が手入れしても良いだろうか」
 青年は少し驚いたような表情になる。目を丸くしてこちらを見る表情は、どこか子供めいてみえた。
 そうしてから、はにかんだように笑う。
「好きにしてくれ。俺じゃあ美女も引っ掛けられねぇ」
「引き受けよう。あるいは私が野獣かもしれんな」
「精々がクマってとこだろ?――俺はニール」
「セルゲイだ、セルゲイ・スミルノフ」
 青年、ニールの顔が音のたちそうなほどはっきりと引きつった。
「スミル、ノフ……大佐?」
「二階級特進していれば違うかもしれないが」
「ロシアの荒熊?」
「君は正解を言ったということだ」
 穏やかに笑ったセルゲイに、ニールはまだ少し引きつった笑顔で、よろしく、と言った。