星の名









「何をしてますか」
「酒盛り」
 何を当たり前のことをと言わんばかりの返答に、アレルヤは小さく噴き出す。
「ひとりで?」
「ひとりで」
「淋しくない?」
「まー、ちょっとは?」
「おつきあいできるけれど」
 そう言うと、ロックオンは少し驚いたような顔をしてアレルヤを見返した。まばたきを2回。緑色がぱちぱちと明滅する。
 察しのいい彼がそれまで時間を要するということは、つまりそれなりの酔っぱらいだということだ。
 そう判断してアレルヤは自分を指さして、言う。
「成人」
「ああ!」
 ぽん、とロックオンは両手を叩く。
 ソレスタル・ビーイングでは二十歳未満禁酒禁煙である。それは指揮をとるスメラギの生国のルールに従うもので、ばらばらの文化圏を出身地に持つメンバーはそれぞれに成人年齢を違うものとして意識していたが殆どの者はそれに素直に従っていた。スメラギ・李・ノリエガという、言ってみれば大人としては最悪の育ち方をしたパターンの人間が繰り返す、数少ない理にかなった命令だからでもある。
 そういうわけで、艦内で二十歳未満がおおっぴらに酒を飲むことはなかったし、アレルヤはそもそもそこまでアルコールを嗜む大人の社会に憧れを抱くような少年時代を過ごさなかったから、誕生日を迎える殆ど酒を口にしたことはなかった。必要を感じなかったということもある。
 はじめてそんな大人たちと同じ立場に立ってみたいと願ったのは、ロックオンがひとりで展望室からディスプレイを流れる光点を見つめながらボトルを揺らしていたときだった。手を伸ばそうとしてみたけれども彼は少し笑うだけで、大人になったらなー、そんな風に言われたのが悔しかったのを覚えている。
 その時から自分がどれだけ成長したかといえば──よくわからない。
 背は伸びた。身長はロックオンを追い越していたらしい。モビルスーツの操縦も、巧くなったのだと思う。
 それ以外は、よくわからない。
 それでもロックオンは、嬉しそうに目を細めて言う。
「じゃあおおっぴらにお前さんを悪の道に引きずり込めるな」
「いま僕らがやっている以上に悪い道なんて何処にあるっていうの?」
「それもそうだ」
 そう言って笑いながらロックオンはアレルヤに、傍らにおいてあった瓶をほいと投げる。緩い重力にひかれてゆっくりと曲線を描く瓶を、床に着く前に受け取ったアレルヤは、瓶の中の色に少しだけ驚く。
「ジュースみたいだ」
「同じようなもんさ」
 そう言ってロックオンは、同じ色の瓶を振ってみせる。そういうものなのだろう。
 頷いてチューブに口をつけたアレルヤは、少しだけ目を丸くした。酒である──間違いなく。
 しかしその、戯画めいた派手な緑色の液体のイメージと、舌に走った苦みとが、あまりにも遠いところにあったのだ。
「ジュースじゃないじゃないか」
「同じようなもん、つっただろ。つまりまったく違うってこった」
「へりくつです」
「俺もそう思う」
 にやりと笑ってロックオンは手招きをする。溜息をついたアレルヤは、床を蹴って彼の傍らに立った。ロックオンの背を向けたそらに、向かい合うようにしてバーに凭れる。
 プトレマイオスはいま航行を停止していて、星々はただ暗幕のうちに描かれた大小の点に見えた。
 宇宙空間にあってそれを繋ぎ正しい名前をつけるなどという芸当は、アレルヤの把握能力の限界を超えていたので、ただアレルヤはそれを派手な風景だというふうにしか見ることはできなかった。アレルヤにできることは大まかな方向や位置関係を認識することと、光点のなかでも派手な色や光り方をしているものの名前を思い出すくらいだ。
 あの星の名はなんだろう。
「何見てんの」
「わあ!」
 不意にのしかかられてアレルヤはたじろいだ。ロックオンはアレルヤの肩からおんぶを強請る子供のような姿勢で乗っかってくる。あつい。触れる部分が熱い。というか。
「重い!」
「やーアレルヤつよいこだから大丈夫」
「酔っぱらいじゃないですか!」
「ははははは」
 笑い事じゃない。
 まったく、と息をついて、アレルヤはチューブのさきを囓りながら指で示した。
「あの星」
「──どれ? あかいの?」
「いや、そうじゃなくてそのとなりの」
「どっちがわ?」
 そう言いながらロックオンはぎゅうぎゅうと、アレルヤの視線に近づけようと顔を寄せてくる。わざとだ絶対。そう思いながら振り返れば彼の緑の目は、まっすぐに宇宙を見ていた。
 驚いた。
 ただロックオンは真っ直ぐにアレルヤの示す先を見ようとしていた。同じものを、探しだそうとしていた。子供のような無邪気さで、それはきっと酔いがうんだものではない、まったくの彼の気性のそのままに。
「──ッわァ?!」
 そう思ってただ見返していたアレルヤへ、おそらくは彼の視線を追おうとしてなのだろう、視線を向けてきたロックオンは、素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び退いた。
「何こっち見てんのお前!」
「見てたのはロックオンじゃないか」
「お前が見てたのは星だろ!」
 半端な重力を切り捨てるように後退したロックオンは、その勢いのまま背中を壁にぶつけて、ぎゃあと叫ぶ。まったく、と溜息をついたアレルヤは、窓に背を向けて溜息をつく。星の名前などどうでもよくなっていた。
 同じように息を吐いたロックオンは、背中をさすりながら壁を蹴る。
「そんなまじめに見てんじゃねぇよ、キスしちまうとこだっただろうが」
「そうしたら同時になるとこだったよ」
「──部屋で飲むかな」
「それは淋しい」
 そうアレルヤが呟いたのは、ただロックオンがひとりで、さっきとおなじように、ただ虚空を見るでもなく見て瓶を傾けている姿を想像してしまったからで、しかしロックオンは仕方ないとばかりに溜息をついてアレルヤの傍らに戻る。
「いいんですか?」
「淋しいんだろうが」
 そう言って肩を竦めたロックオンに、まあ結果として代わりはない、そう思いながら瓶で宇宙を示す。
「なんでもいいから星の名前言ってよ」
「何で?」
「その名前にするから、あの星」
「じゃあ、アレルヤだ」
 酔っぱらいはそう言って、乾杯とばかりに瓶を掲げてみせる。
 アレルヤは相手にするのが面倒になって、さっき見ていたものよりも奇麗にひかるものを探すのに専念することにした。酔っぱらいらしく、彼の名前をつけるために。




セントパトリックデイっぽい話。

を、書こうとして露骨に失敗。チューブのお酒って炭酸入ってて平気なのか、吸いこんだらけふってならんか。