ヘルタースケルター
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意識していたのは、自分に向かないものばかりだった。
それ以外はすべて、目の前の漆黒の動きだけを追っていた。
閃光が目を灼く。それが実際に自分の脚を撃ち抜くよりもはやく、デュナメスは急下降して梢のぎりぎりまで落ちる。
それだけの動きを、何の不具合も感じさせずやってのけるのがガンダムだ。
フラッグは確かに追ってくる。だがその軌道には最初のキレが見えない。
無理をしている。機体に、おそらくはパイロット自身にさえそれを強いている。
そしてそれを自覚している。
「──次で決めるぜ」
そうロックオンは低く呟いて、木々を背にしたまま一度撃った。その閃光を避けるのに、またフラッグは無茶な動きでかわす。殆どサーカスか軍事演習の曲芸飛行だ。実戦でMSに乗ってやることではない。
そのひかりは牽制。
デュナメスは片手のピストルを地に放ると、素早くターンをして殆ど垂直の角度で宇宙へむけて飛翔する。流石にガンダムでも、その速度ではギシリと鈍い負荷がかかった。く、とロックオンは奥歯を噛む。
不意の動きをトレスするように漆黒のフラッグは翔け上がろうと向きを変える──その瞬間、一瞬、ほんのまばたき一度にも満たないような時間と時間の空隙に、フラッグがバランスを崩したのをロックオンは見た。
「いまッ、」
方向を転じたデュナメスは空いた手でビームサーベルを抜き放つ。
迫るフラッグへと駆け戻るデュナメス。漆黒が腕を上げる。
そのシールドは届かない。
「取っ──ッ?!」
ひかりがまっすぐに黒を突き破ろうとした瞬間、デュナメスの手を閃光が撃ち抜く。
指のかたちのマニュピレータが引きちぎれ、ひかりを喪った剣の柄だけがくるりと回転して地に落ちる。
「っくそったれッ、」
振り返った先で青いフラッグがデュナメスに銃口を向けているのが見えた。その先端にひかりが集約したのを見て、デュナメスはフラッグから弾かれるように飛び退く。
漆黒のフラッグは距離をとり、銃を撃ったフラッグとも連携をとれるだけの距離をおいてデュナメスと対峙した。
やられた。
ロックオンはカメラに映る指先を見る。焼け焦げた右手の関節が足りない。これでは何の武装も構えることはできない。
何よりもサーベルをひとつ落とした──ピストルも投げた。
左手のピストルと、左用のサーベル。あとはミサイルは残弾が心許ないし、あの漆黒はおそらくそれをも避けるだろう。それで、のこりのフラッグを含めて渡り合えるか?
「なかなかヘビーだな」
そう呟いて、ロックオンは笑う。
暫くしかけてこなかったフラッグ部隊は、しかし何らかの通信で意志の疎通をみたのだろう、戦闘能力のある残り数機のフラッグがそれぞれに自分に向けて銃口を、はっきりと向けたなおしたのでそれでわかった。
正々堂々の決闘はおしまい、ということか。
或いは本国からの連絡が何かしら入ったか。あれは意外にそういうものに律儀な性格と見えたから、と、ロックオンは苦笑をしてそれでも左のピストルを構える。
「ハロ、覚悟しとけよ」
そう言って、目を光らせる相棒に視線を向けてみせる。
「とりあえずこんなくだらない場所での喧嘩なんぞで、しつこい相手に振り回されてる場合じゃねぇんだ──俺たちは」
『ツキアウゼ、ツキアウゼ!』
「ははっ」
ロックオンはその開いた羽に拳でもうちつけあうように腕を伸ばし触れると、さあ、と笑った。
さあ、来るぞ。
漆黒が、そしてそれに付き従うように青が、デュナメスに迫る。
充分に狙いをつけてピストルを撃つ。
青が墜ちる。その背後から追うように、もう一機の青。
一瞬驚いてしまって、タイムラグが生じた。判断能力が落ちている。
「──っくそ」
毒突いてロックオンは下がる。
漆黒が迫る。振り上げられる腕。
その動きが一瞬止まった。
漆黒のフラッグが、ば、と飛び退くように方向を転じて飛翔する。青は真っ直ぐの軌道を変えない。
何、と戸惑う間はなかった。
レーダーがそれに反応する。撒き散らかされたGN粒子。
デュナメスではない。いまデュナメスは、それを放出していない。
ひかりは、
オレンジのひかりがまっすぐにデュナメスの肩を掠めて駆け抜けると、視認すらできないほどの速度で青いフラッグへと襲い掛かる。
それはまるで猛禽のような鋭さでフラッグを、ただまっすぐに撃ち抜いてさらに速度を増したようにロックオンには思えた。判断能力が落ちている──どころの話ではない。完璧に、一瞬まっしろになった。
そうして、歓声を上げる。
「アレルヤ!」
『アレルヤ、アレルヤ!』
『遅れましたっ』
黒のフラッグの動きなど児戯とも思えるほどの鮮やかさでターンしたキュリオスは、空中で飛行体型から姿を変えると戸惑うフラッグの脚を高みから撃ち抜いた。対応しようと向きを変えた背の羽を、デュナメスはあっさりと撃ち落とす。
そうしてふたつの銃口が、漆黒に向けて据えられる。
「──形勢逆転。」
そう小さく呟いて、ロックオンは銃口を揺らしてみせた。
「さぁ、どう出る?」
フラッグの判断は速かった。
残っていたノーマルのフラッグはデュナメスたちの動きを警戒するようにその場から離れる。おそらくは撤退という命令が出たのだろう。
漆黒の一機だけは、二機のガンダムに銃口をつきつけられたままで静かに立っていた。それがひとつ、非礼を詫びるように礼をする動きを示したあとで、向きを転じて他のフラッグの背後を護るように飛び去る。これは、まるで自分たちの動きを軽快する様子をみせなかった。
『──追いますか』
「やめとけ、こっちが本調子じゃねぇところをわざわざ向こうさんの好意で退いてくれたんだ。その親切には感謝しとこうぜ」
そう返してロックオンはヘルメットを外すとそれをコックピットの隅に放り投げてシートに背中を預ける。
不意に、沸き上がる熱。
『──ロックオン?』
訝しがるその声を、聞いてしまったらたまらなかった。
「っ、はは」
『ちょ、っと何で笑うんですか!』
「だって、おまえ何で動くの!」
『殴ったら動いて、え、何でもっと笑うの?!』
だって、とロックオンは切れ切れの息の間から何とか言葉を吐き出そうとした。
だっておまえが来るから。
絶対逃げないってわかってたけど、絶対動かなくなることなんてないとわかっていたけど。
わかっていたからこそ、
「アレルヤ!」
『は、はい、』
「おれも動くから愛してるって言って!」
『──え』
一瞬返答が飛んで、そのあとで、あほか!ともの凄く的確なツッコミが同じ声で返ってきたので、ロックオンは余計にシートの上で笑い転げた。涙を流しながら。
ひとまずはこれでおしまい。
最後までよんでくださって、ありがとうございました!!