オールアバウトマイモンスター
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「ふうん」
ひとしきりを聞いてから、ロックオンはそれだけ言った。
それだけで終わるつもりでなかったから、アレルヤは続く言葉を待った。しかしそれだけでロックオンは構わないようにテーブルの上のマグカップを取り上げてしまったので、それに彼が口をつける前に慌ててアレルヤは声を上げる。
「それだけですか?」
「え、」
ロックオンは驚いたように瞬きをして、それから落ち着いた手つきでマグカップのコーヒーをひとくち舐めて、まだ少し熱すぎたのか顔をちょっとだけ顰め、そうしてようやくアレルヤを見た。
「だってあと何」
「驚くとか疑うとか厭がるとか」
「や、別に」
そう言って、むしろそう言うアレルヤの方を不思議そうに見るので、アレルヤの方が混乱してしまった。わけがわからない。だって、この告白は結構、決死の覚悟だったのだ。それによって自分を見る眼が変わってしまうかもしれない、嫌われるかもしれない、それでも彼には伝えておこうと思った。自分の口から。それなのに。
きょとんとした顔でアレルヤを見返していたロックオンは、ううん、と首を傾げて暫く考えていた。
「ええとつまり、お前さんは二重人格でもうひとりが、ハレルヤ」
「……はい」
「で、やなことあると出てきて酷いことすると。そっちの方が乱暴でがさつででもちょっと可愛い」
「そこまで言いましたっけ」
「や、勝手な思いこみによる付け足し」
しれっとそう言ってロックオンはまじまじとアレルヤを、アレルヤとハレルヤを見つめて、それから、あー、と何か思いついたように間延びした声を上げた。
「どうしました」
「や、判った」
「今更?」
「そうじゃなくて、何でどうでもいいかっていうと」
そう言ってから、言ってしまった自分の言葉を考え直すように、ロックオンは眉を寄せて少し俯いて考え込む。それは言葉を探しているというよりも、何か言おうとすることはあって、それをどういう順番で口にしていこうかと考えているようだった。だからアレルヤは何も言わないで、そのコーヒーの水面だけを見据える奇麗な青の虹彩を見ていた。
「──俺の、ええとガキの頃」
顔を上げてロックオンはアレルヤを見返した。唐突にぱしりと合ってしまった瞳に、少し動揺しながらアレルヤは頷く。
「はい」
「隣の家に双子が住んでて。ええとこれ守秘義務?」
「……そのくらいはいいんじゃないですかね」
「ばれたらティエリアには謝ろう。双子が住んでて、そいつらが、何つったもんかね──ほら、双子って親のはらのなかではひとつだったのが、ふたつになっちまった、っていうやつじゃん」
「一卵性、ですか」
「や、難しいことはわからんが」
そう言ってロックオンはばさばさと頭を掻く。言い切ることの多い彼にしては躊躇いがちな表情であると思った。
「だからなのか知らないが、ある程度育ってからも何となく考えてることは判るんだとさ。同じもんが好きとか、好きになるおんなのこが同じとか、何かやなこととか痛いこととかあったら離れてても判るとか」
「──そうなんですか?」
「らしいぜ。気味わりー、なんて、言ってたけどな、本人らも」
くく、とそれを好ましいものであるように、ロックオンは喉の奥で笑い声を上げた。
「まあ、そういうのが身近にあったからさ。お前らのことも別に、どーとも」
「え──、一緒じゃないんじゃないですか、それ」
不意に此方を見据えてそう言われて、アレルヤは眼を見開いた。言ったほうのロックオンも、そうかァ?、なんて言って眼を丸くしてみせる。
「要するに親のはらん中で分かれたか、外で分かれたかって、そういうことだろ。そとがわは見目一緒なんだし──ほら、同じ、同じ」
「……そうかな」
「そうだって」
愉快そうに笑ってロックオンは言いきった。何もかもを、アレルヤのこともハレルヤのことも、全部を理解しているとでも言うように。
「他の奴らは知らないが、少なくとも俺はそれでどうとも思わんし、1人で2人なら友達が増えてなかなかお得だ」
「──それで、いいんですか?」
「それでいいんじゃねぇか? 少なくとも俺はそんだけだし、ティエリアと刹那は、まあ、アレだ、お前がマイスターとして使い物になるんだったら、あとはそれで構わないとか言うと思うぜ。あいつら複雑だから考えることは違うかもしれねぇけど、少なくともそれで嫌ったりはしないさ」
そう言ってロックオンは肩を竦めてみせる。他のふたりに関しては、確かにその通りだろうと思った。彼らはそれどころか、使い物になるのならばキュリオスの中身が空だって構いはしないと言うだろう。それでソレスタルビーイングの思想の体現となるかが、別の話になるだけで。
「じゃあ、握手」
そう言ってロックオンはすっと右手を差し出した。
「……はい?」
「最初に会ったときさ、アレルヤとしか握手しなかったろ。だから、握手」
笑いながらそう言って手を伸ばすロックオンに、アレルヤは釣られて笑って眼を伏せる。そうして伸ばした掌は、確かにあたたかな手袋のうちがわにそっと包まれた。
「よろしく、ハレルヤ」
ハレルヤは返事をしなかった。アレルヤはそれを咎めるようにして笑った。
そういえばロックオンはハレルヤの把握をどうやってしたのだろう、と思ってぼんやりと考えた挙げ句のこんな扱い。
「それで、そのお隣の兄弟の名前は、なんといったんですか? これも守秘義務かな」
「いいんじゃねぇかな。うーんと……ニールとライル」
「そうですか──ありがとうございました、ライル」
「お前、割と詰めが甘いよね」
ロックオンは真っ赤になったアレルヤを見てくすくすと笑い、別の方に賭けたハレルヤは、だから言っただろう、と呆れたように言って溜息をついた。