シャムロック









「騒がしい」
「そいつは失礼」
 そう要ってロックオンはひらりと上品な形のお辞儀をしてみせる。顔を上げれば口をがぱりと開いて笑っていた。
 常にも増してかなり機嫌の宜しそうなその様を、刹那は警戒心をもって見上げる。それすら愉快がるようにロックオンは笑って、無抵抗を示すように両手をあげてみせた。
「なーんもしませんっての。そんなに睨むなよ」
「どうだかな」
「そんなに信用ないかァ、俺?」
 ふふ、と笑う声は陽気過ぎて、多分酒か何か入っているのだろうと刹那は考えて溜め息をつく。それをにやにやと見下ろしていたロックオンは、あーそうだ、とわざとらしく手を叩く。
「お前に渡すものがあったんだよ」
「……何?」
「まぁ待て待て」
 そう言ってポケットの中を探ると、ロックオンはふざけた仕草で膝をつき、刹那の前に捧げるようにして手を差し伸べた。
 手品のようにあらわれたのは小さなみどり。
「……クローバー?」
「四つ葉!」
 戦果を誇るように得意げに笑う男の顔とその緑とを、刹那はまじまじ見比べる。鉢植えで育てられたような貧相な姿ではない。大振りの葉を四方へ広げ、讃歌でも鳴らすが如くに朗らかにのびた茎。そんなものをどうやって宇宙空間に持ち込んだ。
「しあわせおすそわけ――受け取れよ、刹那」
 そう言ってロックオンはゆるりと柔らかくわらう。それで、ああ、この男は酔ってなどいないのだ、そう刹那は気がついた。どれだけ陽気に浮かれていても、これは芯の部分が醒めている。
 刹那はそのちいさなみどりに手を伸ばして受け取る。その途端に男はひどくうれしそうに眼を細め、その芯が少しだけ熱を帯びたように刹那には見えた。もっとも立ち上がってにやりと笑った男は、とうにそんな柔らかく不安定な気配などするりと消し去って、にまにまと愚かな色すら帯びた笑みに表情を変化させてしまっていたのだが。
「それさぁ、今日見えるとこに持ってるといいよ、おまえ」
「何故だ」
「俺がうれしいの」
「だから、」
「今日はそういう日」
 それ以上何かを言うつもりは無いらしい。ロックオンは大らかに見えて実は頑固だ。言わないと決めたら絶対に言わない。それを知っている刹那は呆れた溜息をわざとらしく吐いてやりながら、それを上着のポケットにそっと挿した。ロックオンはうれしそうに眼を細める。
「よし!……じゃ、俺は他にも配らなきゃならんから」
「まだあるのか」
「先着25名様まで」
 相当だ。その気の入れようには頭が下がる。やれやれと頭を振って、デッキの方へと床を蹴ったロックオンを見送っていた刹那は、ふと気になって彼に声をかける。
「ロックオン」
「ん、」
 床に手を伸ばしてブレーキをかけた男は振り返って笑い、その反射神経は評価するべきだなと考えながら刹那は訊いた。
「おまえの分はあるのか?」
「俺?」
「クローバー」
「……ああ、」
 そう言ってロックオンは笑う。
「優しいねぇ、おまえ」
「……そういう日なんだろう?」
 みどりを。ただ、その彼の色を。
 ただそういう日なのだと言うならば、それはロックオンも帯びているべきだとただ単純にそう思っただけだったのだ。吐き捨てるように言っても男はかまう素振りもなく、にまにまと弛んだ笑みを浮かべながら、さっき探ったのと違うポケット、ベストについた左胸のポケットに、指を差し入れて探ると、ひらりと風にそよがせるようにしてさしだした。
「俺のは、これ」
 確かにそれは、刹那の知るクローバーであった。先程ロックオンに差し出されたものと大差は無い。しかしそれは刹那のものと違い、葉の数が一枚足りなかった。
「三つ葉?」
「俺はこっちのが好き」
 そう言って、優しい笑みを浮かべて眼を伏せて、祈るような表情でそれに唇を寄せた。そして再び胸にそれを挿すと、ロックオンは眉尻を下げて静かに笑った。
「おまえは本当に優しいな」
「そうか。俺は言わなければよかったと心から思っている」
 淡々と言ってやればロックオンは、仕方ないなあというように笑った。




セントパトリックデイっぽい話。

諸説あるものではありますが、四つ葉のクローバーの花言葉は「幸福」「私のものになって」。
三つ葉は「復讐」。