アンロック









 その部屋の鍵が電子的なものではなく、それどころかさあどうぞ開錠してくださいといわんばかりの安くて古いタイプであったので、アレルヤはポケットから取り出した鍵をどうしてやろうかと立ちすくんだ。少なくともカードキーと一緒にぶら下がっている鍵はここのものではない筈だったし、そうなるとアレルヤにこの部屋へ立ち入る方法も権利も無いということになる。
 ドアの前にしばらく立ち尽くしていたアレルヤは、その横のネームプレートに目をやり、それは無論偽名であり、しかし彼のいま名乗っている名でありことは確かだった。多分。それならば少なくとも友人として或いはまるきり無関係の住所を間違った訪問者としてでも、ノックする権利くらいはある筈だ、そう考えてアレルヤはこんこんとノックをした。薄っぺらなドアはよく音が響き、なるほどこれはある意味防犯になるのかもしれないと考える。
「どーぞ」
 あっさりと返ってきた返事にアレルヤは一度瞬きしてから、ドアノブに手をかけた。引っ張ってみれば何の抵抗もなくあっさりと開く。
「不用心すぎませんか?」
「何の必要があるってんだよ?」
 笑い声混じりの声にアレルヤは室内を見回した。家具の類の一切がない部屋はドアを開けたところから間仕切りすらなく、しかしこの中に何か据えるにしてもベッドとちょっとしたチェストがせいぜいというところだろう。
 大人ふたりが両手をひろげれば足りそうな幅のワンルーム。それよりは長いが4人は無理だろうという奥行きのつきあたりに窓があって、その縁にロックオンは引っかかるようにして腰掛けていた。アレルヤと目が合うと、にい、と楽しそうに笑う。
 室内をゆったりと見回して、アレルヤは肩を竦めてみせる。
「例えば貴方を?」
「笑えねぇなぁ」
 冗談めかした口調に、冗談めかしてそう応えてロックオンはくつくつ笑う。
「強盗でも来たらどうするんですか」
「そのドアなら撃ち抜けるだろ?」
「成る程やっぱり防犯上の理由ですか」
「まァな。此処どうやってわかったのよ」
「ハロに訊きました」
「正攻法だ」
「これを、」
 そう言って、アレルヤは持ってきた鍵を示した。
「此処の鍵だと思ってたんですよ」
「かちゃり」
「え?」
 不意にロックオンの発した擬音語に、アレルヤは首を傾げる。ロックオンは笑みを浮かべるだけで何も言わない。アレルヤはゆっくりまばたきをして、ロックオンが何かを言い出すのを少しだけ待ったけれど、彼がまったく口を開く気配がないのに焦れて、ついには疑問を口に出す。
「これはどこの鍵なんですか?」
「俺んち」
 そうあっさりと返したロックオンは、笑いながら続ける。
「俺の生まれたうちのってとこだけどな、つまり」
「ここですか?」
「違う」
 そう言ってロックオンは窓の外を示す。
「あのへん」
 彼の示したあたりには、綺麗に整備された公園があり、その中央には石碑がそびえていた。慰霊碑。その向こう側には確かに建造物があり、そこには確かにひとの営みがあったけれど、ロックオンはその暖かな光を放つどれをも示してはいなかった。
 アレルヤはそれを何も言えぬままに見下ろしていたが、すぐに視線を微笑む男へと向けなおした。ロックオンは首を傾げて問う。
「じゃあ、この部屋は?」
「ここは俺の部屋。たまに来て考えごとをするのに使う」
「誕生日にも?」
 そこでようやくロックオンは、少しだけだが驚いたような顔をした。面食らったように目をみはり、アレルヤを見返す。
「だっけ?」
「そうですよ」
「忘れてたわ、サンキュ。あとは?」
「その鍵で僕は今何を開けたんでしょう」
「流石に恥ずかしいから黙秘」
 余裕をとりもどしたらしくゆったりと笑ったロックオンに、アレルヤは近づいてその笑みを刻んだままの薄い唇に口付ける。そのまま殆どゼロの距離で、吹き込むように言った。
「あなたが生まれたことに祝福を」
「今言うか?」
「今しかないんです、その鍵で開くドアが開いているなら。ねぇ、ロックオン」
「何だ?」
 唇を離したアレルヤは、ひどく近距離で笑うロックオンに言った。
「本当に忘れてました?」
「がちゃり」
 ロックオンはアレルヤの手のひらから鍵を取り上げてそう宣言した。