フェイクドリーム
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違う。
まず刹那はそう考えた。
違う。これは違う。これを刹那は知らない。こんな夜を刹那は知らない。
ひんやりと冷えて澄んだ空気を知らない。
その遠くから降ってきそうなほどに思える星の色を知らない。その鋭く細く冴えた月の牙を知らない。それはもっと小さく見えるものだ。刹那の生国では。この島の上からでは勿論のこと。
この夜を知らない。
冷たく刺し貫くように思う星の色を知らない。その空気の色。緑を揺らす風。時折月のひかりを遮る薄い雲。それを吹き散らす風。
否。
知らないから、だからこそだ。
刹那はその夜を知らない。
知らないからそれを想う。想い、描く。その情景は虚像だ。ただ伝聞で、あるいは似ていると指摘されたその光景を。
繋ぎあわせて絵にしてみる。ただその中に立ってみる。
そうしてこれを、知らないと思う。
夢だと。
「……ロックオン」
自分の、そう、呟いた声で刹那は眼を醒ました。
覚醒してみれば、ここはいつもと変わらない、プトレマイオス内に割り当てられている個人スペースで、その片隅を占めるベッドはクルーに多く居る長身の連中を収めるのに十分な許容量があった。その事実は、時に刹那の不足を見せつけては彼を不愉快な気分にさせるのだが、例えば今はその一例といえた。つまり、そのベッドをもうひとりが用いているときに。
刹那が見下ろすのは間違いなく彼が今夢現に名を呼んだ男であって、それは刹那の声に何の反応も返さずに眼を閉じたままでいた。普段の彼の、神経質といえるまでに気配に聡いさまを知る刹那は、その眠りの深さを思う。
戯れにその名をもう一度、呼んでみようとして刹那は口を開き――やめた。
ただその頬に手を伸ばす。
白い肌は熱すら持たないように見えて、刹那の色素の濃い肌と寄せればその差異が余計に目立つ。まるでちがういきもの。
刹那は其処に、緑を視る。彼を構成する色彩の、ほんの一部にすぎない緑を。
ロックオン・ストラトスからは深い緑の森の匂いがする。
それは刹那の裡には存在していなかった匂いだ。湿った土。枯れた枝。そこから立ち上る、緑、みどり、みどり。
あざやかないのち。
ただ存在するだけのいのち。
それは刹那の裡には存在していなかった認識だ。
だからそれが刹那の内側にいまあるとするならば、それは刹那のものではない。
「あれは、あんたの夢か?」
にせものの名を呼ぼうと吸い込んだ息を、そう形を変えて、問う。
ロックオンは返事をしない。
「それとも俺の夢か」
重ねて問う。手の触れた頬は確かに熱を内包している。
これはちがういきものなどではない。熱量は違うがここにある本質は確かに刹那のものと変わらない。おなじもの。おなじ構造の。
「……ロックオン」
逡巡ののちに吐き出した名前は結局自分の知る彼の唯一の記号で、そのかたちの虚偽性を思い知りながらそれでも少なくとも同じひとである彼の横に、刹那は再び身を横たえる。
誰の夢でも構わなかった。自分の望むものがどれだけ意味のない、うすっぺらなハリボテであろうとも。
ただ彼の夢が伝染ればいいと思った。もしくは彼に夢が。
「いや朝チュンかよ」Pt.2。