走り出したらそのまま飛べ









「飛べ、刹那」
 相手に見えるわけなどないのに、にい、と笑みをつくる。
 かれが此方を気にかける風であるのは気が付いていた。何だこの野郎、生意気にひとの様子を伺うなんて上級技術を身につけやがって。子供のくせに。
 そんなものは自分の仕事だ。
 ロックオンは敵機の追撃を振り払って後背に回り込むとそれに光弾を叩き込んで沈黙させる。回避行動の半ば以上をハロに任せているとはいえ、それでも反応のしきれない部分がある。
 それを、刹那のエクシアが斬り裂く。お返しとばかりに彼に肉迫した機体に牽制のビームを放つ。
「構うなよ、飛べ」
 笑う顔は見せるためではない。
 もとより此方の顔などディスプレイには映らない。ただ、示すためだ。その声の上にいつもと変わらない平静を被せて、内側にある動揺を隠しこんで。ほらいつもどおり、何も変わらないロックオン・ストラトス。
 見えなくてもいい。連戦続きで疲弊の浮かんだ酷く情けない面構え。被弾の衝撃でぶつけた額から落ちる血を拭うのはもう面倒くさくなってやめてしまった。それでも眼窩の奥だけは狂おしくギラギラと光って、撃ち抜く標的を見据える。こんな浅ましい生き様など、彼には見せる必要はない。
 ただ、彼の見る自分は見られるべき自分のようであればいい。
「さあ飛べ!」
 高らかに笑い声さえ上げてながら、ロックオンはまた1機を墜とす。
「お前が勝てば俺たちの勝ちだろ?」
『だが』
 ようやく返ってきた通信は、普段通りの少年の声で、苛立ちばかりが全面に押し出されている様子にロックオンは苦笑する。ああ、やっぱり子供だ。腹の底に不安と絶望ばかりを抱え込んで、それを隠すのに腹を立てるふりばかりして。
 知っているよ。ロックオンは次に生身で会うことがあればそう言ってやろうと思いながら音声を返す。
「お前が負ければ俺たちの負けだ」
『お前が負けても──』
「お前が勝て」
 反論は許さない。
 きっぱりと言い切ればそれ以上の言葉を持たない刹那は黙る。ロックオンは笑みを深める。ああ、なんていい子なんだろうね、おまえは。
「さあ」
 まるで脅迫するように、そう言ってロックオンはデュナメスの腕を振り上げる。傷だらけの機体が軋みをあげながら天を指す。


「飛べ!」


 GN粒子の濃度が増す。エクシアは飛翔する。高く。高く。
 遠ざかる機影を追う機体が幾つかあったが、エクシアの機動についてゆけるだけの速度を出せるものなど、この場には自分の他にあるまい。
 エクシアを阻むものなど存在しない。かれを、かれらをこの先の戦場へ届けるのがデュナメスの仕事だ。このミッションはそれができるかどうかだけだった。辺境地域の国家紛争。利益を護るためそのままにしておきたい大国の思惑。警戒という名をつけて張り巡らされた、くだらない周辺への武力投入。
 ああ、なんてくだらない。
「さあ」
 ロックオンは笑う。
 さあ、戦争がひとつ終わるぞ。
「勝ったぜ、ハロ」
『ビンボウクジ、ビンボウクジ』
「かもな」
 この場に残るMSの数を確認する。しなければよかった、増援まで居るじゃないかこの野郎。こっちは全部集めたって4機しかないんだぞ、なんだその大盤振る舞いは。自慢か?
 しかも此処に残ったのが1機だ。どう考えても計算に合わない。やれやれ、と溜息をつきながら、ロックオンは無駄な荷物にしかならない大口径のビームライフルを棄てる。あーもうこれも高いんですが。
『ひとつ訊かせてもらおうか、ガンダムのパイロット』
 オープンの通信は請求先を考えていたロックオンの思考を止めさせる。
『何故貴様も逃走しなかった、或いは2機で此処を制圧するという手もあったろう。1機で此処は構わんという、それは傲慢か?』
「ひとつには、傲慢だな」
 デュナメスの通信回路はクローズにしてある。聞いているとしてもハロか──まだこちらの様子を伺っているのならば、刹那も。
 ロックオンは笑う。振り返ればいいだなんて、思っている自分がいることに。
「だがもうひとつ。こんなくだらない場所に居ちゃあ駄目なんだよ、こんな馬鹿馬鹿しいものにつきあってるくらいなら、もっと高いところにゆけばいいじゃないか?」
『返答は無しか、ガンダム・パイロット?』
 苛立ちを帯びた音声。ロックオンは声を上げて嗤いながら、ようやく回線をオープンにする。
「そうか、そんなにあんたは俺ののろけが聞きたいのか!」




とっとと近接戦闘してください兄貴……ッ!(表現しきれない)。
名無しの敵兵氏は別に名前も無いひとです。