土曜日にはランチの約束
-
元は古いダンスホールだったのだという建物を改築した食堂の売りはパスタで、味が良く値段も抑えめとあって、昼時ともなればビジネスマンやら学生やらでごったがえしていた。もっともちょうどランチタイムの後半に滑り込んだ二人組の客がセットの最後のコーヒーを待つ頃には、その喧噪もだいぶ収まっていて、暢気な表情で窓の外の公園を見る余裕もあったのだが。
いや、暢気なのはその二人組の、片方だけであったのだが。
「そろそろ雪も降りそうかねぇ」
そう言って足を組み替え空を仰ぐロックオンの視線を、向かい合ったティエリアは追いすらしなかった。何を注視するわけでもないその意識は、注意深く気配を伺っているとロックオンにはわかる。
「そうなればミッションのやり方も変わってくるでしょうね」
「それしかいうことないのかよ」
「それ以外に何があると」
ふん、と鼻まで鳴らしてティエリアは言う。眼鏡の奥の冷たい視線が、余計に鋭さを増す。
高い天井の壁一面は、純度の低いガラス窓になっていて、そこからさしこむ陽光は柔らかく客の横顔を照らしていた。皆明るい笑顔を浮かべている。トマトソースのパスタを口いっぱいに頬張るもの。食後のデザートに舌鼓を打つもの。その合間を駆け回る給仕たち。
「旨いな、とか」
コーヒーをふたつ、テーブルの上に置いて一礼した給仕に笑いかけてから、ロックオンは肩を竦めて言ってみる。無駄だとはわかっているけれど。
「いや不味いでも構わないけど」
「腹は膨れた」
「そいつはよかった」
散文的な感想に、笑みを深めてロックオンはコーヒーにミルクを注ぐ。ブラックのままでカップを取り上げていたティエリアは、軽く眉を蹙めて彼を見返した。
「──何がです」
「感想が頂けた」
「嫌味のつもりなら失敗している」
「心からのつもりなんだがな」
「だったら破綻している」
そう言って静かにティエリアはコーヒーを少し舐める。ロックオンは構わずに角砂糖をひとつ加えた。なごやかに笑みを浮かべた老夫婦がテーブルの横を通って、奥の席についた。食事を終えたテーブルに興味を払う客は少なく、低い声の会話に興味を示す者は居なかった。
「別にいいんだよ、俺は」
くすくすと笑いながらスプーンでコーヒーをかきまぜていたロックオンは、その水面ばかりを見つめていた。
「最初から破綻している。俺たちの関係で、こんなことをするのが間違いだ──そういうことを言って説教したいんだろう、お前さんは?」
「説教、というよりは、破棄してやりたいですね」
「だから別に構わんのよ」
そう言ってようやくロックオンはカップに手をつけた。ゆっくりと小振りなカップをとりあげて、一口飲む。うん、とひとつ頷いて、ソーサーに置いて、それからティエリアに笑う。
「俺が、どう思ってるか教えてやろうか?」
「──」
「ざまあみろ、って思ってる」
かたん、とティエリアが触れたカップが鳴った。
普段と変わらない柔らかい笑みを浮かべて、ロックオンはそう言うと窓の外に視線を移した。
「例えばさあ、もしもこの俺たちの行動がどっかの連中に筒抜けになっててさ、此処にフラッグでも、ティエレンでも何でもいいさ、降ってきて此処を爆破するってのもあるわけだろ。今俺たちは世界で一番無防備な重大犯罪者だぜ。このくらいの人数巻き添えにしたってお釣りが出るだろうさ」
ティエリアは表情を変えずにロックオンを見返している。
その視線がまっすぐに、ロックオンだけを刺している。それは、彼が、自分の敵であると、楽観的に見れば敵になりうると、考えているということだ。
それでもロックオンは笑う。
「そういうところにお前は居るだろう?」
「殺されたいのか」
「ひょっとしたらね」
丸腰ってことはないだろうなあ、そんなことを考えながら、ロックオンは頷いた。
「まァそんときは、心中するよりゃどっちか生き残るように足掻くつもりだけどさ。それが成功するっていう確証は無いわけだし──俺がざまあって思ったのは、お前がそういうのに乗ってくれたっていう事実に対してだ。どんな言い訳をしたって今日の世界は俺をひとりにしなかった。或いは、お前さんも含めて」
「誰に対して?」
「さぁ。神様かね」
滑らかな動きで十字を切ってみせたロックオンに、ティエリアはふんと不満げに息をつくと、椅子を引いて立ちあがる。
「ティエリア」
「ごちそうさま」
そう言ってすたすたとテーブルを後にするティエリアの背中を、肩を竦めてロックオンは見送った。また失敗したかね、とぼんやりと思った。
この下のはどうしても入れたかったシーンなんですけれども、どうオチをつけていいかわかんなくなったので、
削ったんだけどなんか書きたかったのでいちおう載せておく、というどうしようもないほどの貧乏性な(おまえ……)。
ロックオンが会計を済ませて外に出ると、窓越しに見ていた雰囲気とはだいぶかけ離れて大気は冷たく、やれやれせっかくの平和な気分が、と溜息をついた背中に不意に、何か固いものが押し当てられる。
「──あれ」
「ひとつ訊かせていただきたい」
その声は、つい先ほどまでテーブルを挟んでいた男のもので。
大通りにはほど近いが一本路地を入ったところにある店の前を通りかかる人影は他に無い。公園から遠く、気配らしきものがわかるくらいで。
「……え、此処で?」
「場所を変える余裕はありません」
そう言った声は静かに続ける。
「あの、鳥の名は?」
「──いやあの………へ」
その口調は、まったく笑みを含むものではなく、先ほどから続けられる問答の時と、何ら変わった温度ではなかったので、ロックオンはそれを死刑通告と同じものと聞いた。
鳥、と言われて視線を彷徨わせる。鳥。鳥。
いくら目がいいと言われても唐突に鳥などと言われても、と視線を巡らせたところで遠く響く鳴き声に気付く。
「コマドリ……?」
「ありがとう」
そう言って、す、と背中から圧迫感が消える。はっと振り返ったロックオンは、ティエリアが右の手で銃の形を作って、それをロックオンに向けて構えているのを見た。
「ええ、と、何が」
「少なくとも今日のブリーフィングでは、ひとつだけ有意義な事実を知りました」
ティエリアは言ってその手をあっさりと下げると、くるりと身を翻して躊躇いの無い足取りで歩き出す。道に出て車を拾うつもりだろう。経験上、説明を求めてその背中を追う方が無駄だとわかっていた。
「何だってんだよ──」
はあ、と息を吐いてロックオンはその背中を見送った。
ティエリアはきっと鳥の名前を知らないんじゃないかな、というもえ(もえ?)。