土曜日にはランチの約束









「奢らせてばっかりですね」
 遅れて出てきた相手に少し申し訳なさそうにアレルヤが言うのに、ロックオンは笑いながら首を振った。
「いいんだよ、俺の勝手だし」
「でも」
「毎週のことでもないし」
 ため息をついてみせる年長の男に、アレルヤは小さく噴き出して笑う。
 単に性分だと言って彼はあっさりと年若い友人たちに懐を開く。それに苛立ちを示すのが過半数という状況ではへこたれもしそうなものなのに、ロックオンは笑いながら、仕方無ぇなあ、で済ませてしまう。
「またそっぽ向かれたんだ」
「お前だって来ない日あったろ」
「すいません」
「まあいいけどさ」
 ほらやっぱり。待ちぼうけに馴れた男はあっさりと笑い飛ばす。アレルヤは小さくため息をつき、ひっそりとした空気の動きに、気配に聡い狙撃手は振り返る。
「……どした?」
「甘やかしすぎですよ、あなたは、僕らを」
「どうだろね?」
 苦笑してロックオンは首を振る。
「甘やかしてんのはお前らの方だと思うぜ」
「僕が?」
「付き合わないって選択肢もあったわけだろ。律儀に返事までくれなくたっていいのにさ」
「ああ、それは、別に」
 ことばを探しながら、アレルヤは彼の『お前ら』という複数形が括った適用範囲についてぼんやりと考えていた。
「僕ら、が」
「うん」
「そうしたらいいと思っているだけで」
「やっぱ甘やかしすぎだ」
 ロックオンはアレルヤがわざとらしく使った複数形になにも言わず笑い、アレルヤはとりあえずそれを問うのをやめようと思った。他の誰かかもしれないだろう?
 石畳の街は冬の匂いがしはじめて、自分たちのはじめたくだらない戦争もずいぶんと続いているものだとぼんやり考える。もっと終わり無く続くような気もしたし、あっさりと終局を迎えるようにも思えていた。その最後の瞬間をいくら考えても、場面は同じものなのだけれど。
 ついでだから服でも見てく?と先に歩くロックオンは提案し、アレルヤはそれを頷いて受け容れた。着飾って遊ぶような身分でもないが、あの無人島ばかりに何の変化も無く詰め込まれているのは少々息が詰まるのもたしかで、服だの昼食だの、そのくらいの気晴らしは構わないだろう?テロリストの分際でそんなことを思う。多分自分たち以外のテロリストたちには、鼻で笑われるだろうけれど。
「ハロはどうしてるんですか?」
 知らない街を歩く頼りなさを年長の友人と歩く安心に置き換えながら、半歩先を歩くロックオンに尋ねる。
「来たいっつってたけど、置いてきた。あいつ、嵩張るしな」
「ですね」
「次の『お仕事』んときに拗ねてなきゃいいけど。ヘソ曲げると長いんだ」
「お土産にいいオイルを買っていってあげるといいですよ、きっと」
「そうする。あとで寄って──」
 そう言って笑った男の足が不意に止まる。
「……ロックオン?」
 訝しげに彼の表情に眼を止めれば、それは酷く固く、眉を顰めていて。
 アレルヤはその視線を追って、そして納得した。
「ニュース、ですか」
「だな」
 街頭のビジョンには何処かの軍が提供したのだろう、おそろしく粒子の粗い画像がいっぱいに映っていた。白と黒とその中間色で構成される、ぼこぼことしたわかりにくい画像。
 しかし、その輪郭だけで自分たちにはわかる。
「ガンダムか」
 立ち止まったアレルヤとロックオンを邪魔そうに避けてせかせかと歩く男が、その画面を一瞥して呟く。 そう──あれはガンダムだ。おそらくはエクシア。刹那の機体。
「若いモンはすぐあんなもんに飛びつきやがる」
 毒々しげに投げられた言葉に振り返る気も起こらない。
 画面が変わってスタジオの中。戦火の届かない場所で笑いながら大人達が突然現れたテロリストの存在理由を勝手気ままに喋っている。軍人や元軍人。政治家や評論家。何の関係もないファッションアドバイザー。彼らは笑いながら無為を語る。連中にできることは何も無い。我が国では全力をでもって市民の安全を守る。世界の構造はそんなものではかわらない。むしろ何が問題だというのだ? 冗談交じりのコメントに笑い声。
 無為だ。
 愚かな殉教者が。
 世界は変わらない。
 無為だ。無為だ。無駄だ!
「──ロックオン」
 無言でそれをじっと見ていたロックオンは、そこではじめて隣にアレルヤが居たことを思い出したとでもいうように振り返ると、目をぱちぱちと瞬かせて彼を見返した。
「アレルヤ」
「デザート食べませんか?」
「え」
「奢りますよ」
 その言葉の意味が完全に彼に浸透するのを、アレルヤは何も急かしたりせずに待った。立ち竦んだままだったロックオンは、もう一度瞬きをしてから小さく噴き出す。
「──お前は、さあ」
「はい」
 くしゃりと笑った男はアレルヤの頭を抱き込むと、ぐしゃぐしゃと撫でた。まるでそのうちがわの総てを、抱き込むようにして。
「お前らはさあ、やっぱり甘やかしすぎだって」


ハレルヤを考えに入れるならもうちょっと立ち位置を消化してからにしなさい>わたし。