土曜日にはランチの約束









 幾重にも被せられた暗号コードを剥ぎ取れば、そのうちがわにあったのはおそろしく短い文字列。
 そのアルファベットと数字の羅列を脳内の地図と組み合わせれば大体の地域は特定できた。AUEの地方都市だ。治安の良い地方都市。細かい場所は現地に着けば判るだろう。そうぼんやりと考えながら、刹那は手に載せたカードをくるりとまわしてみる。住人の名が記されていないポストに入っていたのは、うすっぺらな封筒がひとつきりで、ミッションの指示かと思いながら開封してみれば案の定違った。
 さて、と刹那は考える。
 さて、と考えてしまったことは少し意外だった。もっと自分はそんなものを、考えることすらないと思っていたのだ



 最終ブリーフィングのあとで、唐突にロックオンが言った。
「週にいっぺんだ。そうだな──土曜日に会おうぜ」
「……どういうわけですか?」
 アレルヤがそう訊いたのは、他のふたりが何の反応も示さなかったからである。刹那はプリントアウトされたミッションの指示書に眼を通していたし、ティエリアなどさっさと立ちあがって自室へ戻ろうとしていた。
 言い出したロックオン自身すら、誰かの反応を待つことすらなく、それだけ言って満足した様子だった。とんとんと書類を纏めているのにアレルヤが訊いたのも、結局あまりにも全員が全員無反応であったので、一応言っておきたかったというだけでしかない。
「何となくなんだけどな。毎週土曜日、場所決めて集合」
「何の必要があって?」
「飯食わねぇ?」
 漸く立ち止まったティエリアは、しかしドアのすぐ横で出て行こうとする姿勢を変えようとはしなかった。それを引き留めるでもなく、ロックオンは両手を拡げて笑ってみせる。
「ディナーじゃ重いからランチにしよう」
「だから何の必要があってだ」
「連絡ならミッションの中ですればいい」
 刹那がそれを受けるようにして続ける。
「むしろ無駄な接触は避けるべきだ。そんな定期的な活動をしてどうする」
「別に制約をつけるつもりはないって」
 ロックオンは刹那ににやりと笑ってみせる。
「そのとき地上に降りているやつで、ミッションとかに引っかからなくて、そんなにめいめいが離れていないとき。必要性ならあるぜ? お前らどうせ、まともなメシなんか食わないだろう」
「必要な分は食べている。指図される覚えは無い」
「そう言うなよ、ティエリア。その方が楽しいだろ?」
 そう言ってもティエリアと刹那はさほど心動かされる風でもない。静かな視線でロックオンを見返しているだけで、表情を変えることすらなかった。アレルヤが苦笑して片手を上げたのは、別に同情心からではなかったが。
「僕は、悪くないと思うよ」
「お前ならそう言ってくれると思った」
「居場所が定まってしまうのは、確かに問題ですがね」
「俺がプロデュースするから。不味いモン食わせるつもりもないし」
 そう言ってにやりとロックオンは笑ってみせる。その無駄な自信に、アレルヤですら呆れた溜息を漏らしてみせた。
「僕は、悪くは無いと思いますが」
「構わないさ。俺がそういうことしたいだけ」
 ロックオンは三人を均等に見回して言い聞かせるような口調で言う。
「お前らが何処で何してても構わない。別に損したとも思わんし、責任感じる必要も無い──感じないだろうけどさ?」
 ティエリアはドアに手をかけた。刹那は書類をとんと揃えてデスクに置き立ちあがる。アレルヤが視線を受けて軽く頷いた。
「ただそういうのあったらいいんじゃないかと思ったんだよ。もしお前たちがどんな状況になっても、俺はどこかで飯を食ってる。全員の席を準備して。以上、説明終わり」
 返答は、ティエリアがドアを閉める音だけだった。



「あんな感じだったのにね」
 そう言いながらアレルヤは椅子を引く。
「まさか僕よりも先に来ていると思わなかった」
「近かったからな」
 ナプキンを拡げながらティエリアはつまらなそうに答える。テーブルに肘をついてくつくつと笑っているロックオンを見ると、わざとなんじゃないかな、とアレルヤは思った。実際アレルヤは、この場所まで到着するのに、それなりに難儀をした。
 石畳の街は観光地というほどではなかったが、古い街並みを努力して残そうとしている雰囲気が見てとれる。海沿いに張り出したテラスの席から見回せば、自分の居る時代を忘れてしまうほどだった。オリーブオイルのよい匂いがして、ああ、確かにこんな時間も悪くないかもしれない、と。
 そう思いながらアレルヤが、空いた最後の席を見たときだった。
「遅刻だ」
「うるさい」
 からかうように言う声に憮然とした声が被る。その席を引く少年を見て、アレルヤは酷く愉快な気分になった。きっといま自分はロックオンと同じ顔をしている。



シリーズみたくしようかなあと。