うたうふね









「機嫌いいな」
 そう声をかけられてはじめて、自分がちいさく唄をうたっていたことにアレルヤは気が付いた。声の主はアレルヤよりもずっと遠くまで通る声をしているのに、どうしてガンダムのコクピットに居る自分よりも先に、そのことに気付いたのだろう?
「──すいません」
「別に怒ってるわけじゃないさ。アンコール!」
「それでうたえるひとなんていますか?」
「そいつは残念。いや、おれなら歌えるぜ?」
 愉快そうに笑いながらロックオンは上機嫌でふんふんとうたう。適当な歌詞を添えた歓喜の歌。あんまりにもデタラメなものだから、アレルヤは余計に愉快になって笑う。
「本当に機嫌がよさそうで」
 そう言ってロックオンは横たわるキュリオスの体にとりついて上がってきた。キャノピの脇にしゃがみこんでシートの上のアレルヤを見下す。チェックの手を止めてアレルヤは苦笑し彼を見上げた。
「どれだけ普段、機嫌が悪そうなんだろうね、僕は」
「なに、他の連中ほどじゃないさ」
「比較対象が酷すぎる」
「かもしれん」
 くく、と聞こえるわけもないのに静かに笑いあって。
 今頃仏頂面のふたりはくしゃみでもしているかもしれない。その想像にまた少し笑いながら、アレルヤはコンソールに指を伸ばす。タイムラグの無い応答。自分の手足、キュリオスはそれと同義の機体だ。
 その反応に満足しながら、アレルヤは少し納得して改めてロックオンを見上げる。
「多分、機嫌は良いですね」
「なんだ、多分、ってのは?」
 ロックオンは訝しげに問う。
「さっきからキュリオスが、とても調子が良くて」
「キュリオス?」
「ええ。多分、それで僕も」
 何を伝えても間断無くレスポンスがある。どんなテストをしてみても自分の期待を裏切ることはしない。それは当たり前のこと。だってそういう風につくられている機体だから。
 これは兵器だ。
 感情などない。ひとではない。
 そこに何かの意志疎通をしようと試みることはしない。感情など読み取れるわけがない。しかし今日は、何故だろうか。
 これは──かれは、まるでうたっているようで。
「ロックオンには、そんなことはありませんか?」
「デュナメスが?」
「ええ」
 少し首を傾げながら視線を巡らせたロックオンは、デュナメスが格納されているコンテナの方を見やると、おもむろに叫ぶ。
「調子はどうだー」
 谺。
 充分過ぎるという判断をしたのだろう、ロックオンはふむと頷くと、アレルヤに視線を戻してしかつめらしい顔をつくって言った。
「無さそう」
「聞こえてませんよ、きっと」
 隔壁のむこうに待っているだろう、彼の相棒の反応を想像して、アレルヤはくすくすと笑った。それを耐えきれないとばかりに笑みを戻したロックオンが見下ろして、肩を竦める。
「あと俺はまあ、ハロもいるし」
「ハロとは別でしょう?」
「同じじゃないかなあ」
「僕らとは違う」
「それはそうかもしれないが」
 納得していない様子で首を傾げるロックオンには答を返さず、アレルヤは指先でコクピットの内壁をそっと撫でる。それだけでかれは喜んでいるように感じる。感じていると、アレルヤに伝わる。
 それだけで、嬉しくなる。
 感情が相互に伝わればそれは愛だ。
「もう歌わないのか?」
 そろそろ飽きてしまったのだろう。優しい笑みを浮かべながら立ちあがったロックオンは背伸びをして首をぱきぱきと鳴らした。そう、彼もかれと伝わりあわなければならない時間だろう。出撃の準備が必要なのは何も自分だけではない。
「そうですね」
 戦いにはうたは要らないだろう。この気持ちは決して持続しない。戦いの中でしあわせに微笑めるような、そんないきものではなかった。お互いに。
 そのときは、きっと。
「もう要りません──キュリオスが、うたっているから」




書きたいなあと思いついて書き始めたものの絶対このアレルヤ観は間違っている。