失温









 標的を見据える瞬間。その最後の一瞬。
 銃を抱えて彼を見る刹那は、そのかれの眼を見ている。
 僅かに開いた唇。静かに照準を合わせ、スコープを覗いて標的から視線を逸らさず、スコープを覗いていない片方の眼は、空虚を静かに見据え。
 引き金を。
──だぁん。
 鈍く低く響く銃声。
「命中」
「見てないじゃないか」
「どうせあたっただろう」
 言ってから改めてスコープを覗く。こちらは銃につけない、双眼のもの。少し歪んで、右に傾いで見えるほど精度は悪かったが、それでもロックオンが標的にした空き缶は奇麗に撃ち抜かれているのが見えた。2インチ間隔で並んだコーラの缶。その真ん中の1本だけに空いた空虚。
「命中」
「当然」
 文句をつけた割にロックオンはふふんと得意げに笑う。どうせ彼が狙えば当たるのだ。ロックオン・ストラトスはそういういきものだから。それでそれ以上に何の意味がある?
 そんなことよりも刹那にとってみれば、ロックオンの横顔を見ている方が面白かった。
「残りも撃つぜ」
 そう言いながらロックオンは肩から下ろした狙撃銃の遊底を引く。節ばった指が躊躇いなく銃弾をこめるのを見ながら、刹那は呆れたとばかりに呟いた。
「飽きないな」
「好きでやってんじゃねぇって。訓練、訓練」
 そう言ってロックオンは再び銃を構える。刹那は浅く息を吐いてスコープを覗く。倍率を変えて、周囲を見る。
「風力に変化無し。やや西より。左のは0.2インチ左へずれている。埃が舞ってる」
「オーケイ、いい子だ」
 機械的に観測結果を告げれば笑みを含んだ声で返事があり、刹那は小さく舌打ちをする。それにロックオンが少し微笑む気配がわかった。
「笑わすんじゃないよ、手がぶれる」
「俺のせいじゃない──風が少し強くなった。北西」
「了解。撃つ」
 そう短く言う。息を吸うおと。刹那はスコープから視線を離す。観測手は着弾までを見送るのが仕事だ。狙撃という集中力の要る仕事の、労力をカットするための補佐。本来ならばデュナメスとハロがその役割を果たすけれども、生身ではそうもいかない。ロックオンの訓練というよりも、これは刹那の訓練ともいうべきであって、そういう意味では刹那は殆どさぼっているのと同義だった。
 だって、何の意味がある。
 ロックオンは息を止めて標的を狙う。その皙い肌が血液をめぐらせて一瞬を待つ。生命力の焔に満ちたようなロックオン・ストラトスの横顔が、その瞬間だけ違う色彩を帯びる。
 普段かれの纏っている熱。柔らかく、時に激しい、かれを形成する温度の一切が、その瞬間失われる。
 いまその肌に触れれば指先の凍るほどに冷たいんじゃないだろうか。
 そんなくだらないことを考えながら、刹那はロックオンを見る。
 見開かれ、瞬きをしない眼。それがビー玉のようにつるりとあらゆる感情を弾いて、その底にあった昏い沼をみせる。普段かれが表に出さないいろ。憎悪、渇望、いかり、かなしみ。何もかもを湛えて、ごちゃごちゃと混ざり合って、はらの奥底まで押し込められて、噴き出すこともなくただ凝り固まった球体。かれのめ。
 銃声。
 間断なく動く手。遊底を引く。薬莢が転がる音。流れるように構える。銃声。
「命中」
「出任せ言うなよ、2発目外したぞ」
 言われてからスコープを覗けば、確かに右側の缶は中央よりも斜め上にへこませるだけの弾痕が残っており、やれやれとロックオンは溜息をついて刹那の頭をがしがしと撫でた。
「お前をスポッタにしないほうが良さそうだわ、気が散って仕方ない」
 言いながらも愉快そうに笑う彼の顔はもうあらゆる熱を取り戻していて、刹那は彼の頬に手を伸ばした。
「何」
「残念だ」
 指先には熱が伝染って、刹那は溜息をつく。
「あんたを暖められればいいと思ったのに」




いいかげんタイトルが思いつきません。
生身でやるときはスポッタを刹那がやるといいと思うんですがそういうのはきっとアレルヤの方が得意だろう。