ウェルカムトゥアニューワールド
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「参ったね」
ファイルに挟まったデータシートを見下ろして少し不満げな表情をしていた男は、アレルヤが近付いてくる気配に気が付いたのだろう、顔を上げて此方を見ると、少し困ったように笑って言った。
「どうしました」
「抜かれた」
そう言ってひらひらとファイルを振る。何かロックオンと勝負をしていたような訓練科目があっただろうかと、アレルヤは軽く首を傾げた。自分と彼とは得意不得意がはっきりしすぎていて、何も迫ったり追い抜かれそうだったりすることはないように思う。
「何が?」
「見りゃわかるさ」
ぽんと放られたファイルが無重力の中で惰性に従ってとぶ。危うげ無くそれを受け取れば、ちぇー、と酷く子供じみたかおで、男はむくれてみせた。
「わかる、と言われても──、ああ」
上からデータを辿っていって、特に比較してどうというほどのこともない。単なる自分たちの成績と適性の羅列。AとかSとか、時折極端にCとかDとか下がるけれども、別に互いに秘密にするほどのことでもない、むしろ補いあうために見せ合っている何でもない情報の中で、緩やかな曲線を描きながら確かに自分が彼に迫っていた、それ。
「抜きましたね」
「くそう」
今度こそ完璧にロックオンは顔を顰めてみせる。身長が彼を追い抜いていた。
「別にさあ、威張ろうとかそういうつもりじゃないがなあ」
ダクトを移動するロックオンは振り返らなくとも表情がわかる。きっと口をへの字に曲げて、眉を寄せている。
「だからって抜かれるのは流石に参るな。これで成長止まらなかったら、怒るぜ、俺」
「ロックオンだって伸びますよ」
「伸びるかい!」
振り返って喚いた男の顔は案の定で、アレルヤは思わずくっと噴き出して笑う。それが余計に彼を拗ねさせたのだろう、ぷっと唇を突き出して不満げに暫く見ていたあと、あーもう、と溜息をついた。
「お前だからいいけどさあ。刹那とかティエリアに抜かれたら俺マイスターやめる」
「それは酷い」
「あいつら絶対見下ろすよ俺を。ていうかアレルヤに見下ろされる。くそう」
「見下ろしたりしてませんよ」
「笑うし」
ちぇー、とか何とかぶつぶつ言っている口調は、確かに拗ねている色は見えたけれども少し面白がってもいるふうで、そういう彼の有り様が少し不思議でアレルヤはロックオンを呼び止める。
「ロックオン」
「うん?」
振り返った男はまだ表情が変わって居らず、しかしその眼差しが思ったより穏やかであったことに気が付いた。それが、さっきファイルを見下ろしていたときから、変わっていないことにも。
「何か、喜んでませんか?」
「──何で」
そう問い返す表情にも変わりはなく。
だが、そう言ったあとにすぐ少し眉を寄せて考えるふうな顔になった。彼自身、自分の中の穏やかさに気が付いたのだろう。その横顔を見ながらアレルヤは確かに彼の顔が近くなったと思った。
「確かに別に、最初から怒っちゃいないけど。全員に抜かれたら流石にへこむかもしれないが、だけどまあ、これで打ち止めだろ」
「刹那に怒られますよ。あとティエリアに凄く怒られます」
「だろうなあ──だが、まあ嬉しいのは本当だ、半々、かな」
「残りは」
「お前らがまだずっとガキだったらよかったよ」
答にもならないような答を返して、ロックオンは苦笑してみせる。
「本当にそう思ってた。ただのガキで、俺が全部護ってやれるような、そんなガキのまんまで居てくれればよかった。お前も、みんな」
男からから視線を転じて、あたりを見回した。身長が伸びたといっても、その視界に何ら物珍しいことは無く、毎日ほんの少しずつの成長で慣れてしまった世界は、アレルヤが見ているいつもどおりの世界だった。
いつからだろう。自分と彼と、同じ高さの視界にたどり着いていたのは。
そしてそこに至るのを、望んでいたのは。
「アレルヤ」
「……、はい」
不意に名前を呼ばれて振り返れば、同じ高さにきれいな色彩の双眸があって。
「ようこそ。それと、おめでとう、だ」
「ありがとうございます」
少し頭を下げても簡単にロックオンのことが見えた。何よりもそれが嬉しかった。庇護されるこどもではない、彼に護られるだけのこどもではない。まだ彼には届かないけれども、この手は、他の者よりも遠く届く体は、彼を引き寄せて護るためのものだ。
これはきっと彼を甘えさせることのできる権利だ。
身長差ァアアアアア!と魂抜かれて思わず殴り書き。もっと背の小さいときから一緒にいたらいいとおもうんですけれどもどうなんでしょうかそのへんは(見切り発車)。アレルヤ絡みの話が思わず失笑できるほどワンパターンで心底困ってます。